Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

再び、Y先生に

先生、あれから1年経ちましたが、私達は元気です。
家人は、あの時よりもずっとずっと元気です。
先生に、伸びた髪の毛を見てもらいたいそうです。
逆に私の髪は、短くしたのですが。


初めて会った時、実は余りにお若いのでびっくりしました。
前もって紹介されていたのは、先生の上司の指導医の方だったので。
大学病院に来て、枕元にあんまり沢山の名前が書かれているので、
それだけでも、何が何だかわからなかったのですが。
でも、誰が主治医でも、怯えている私には、
「馴れる」のにものすごく時間がかかったのです。
場所にも、人にも、病気にも、何もかにも。


先生は私達のことを、「ネアカの夫婦」だと言って下さったけれど、
それは、カラ元気に過ぎませんでした。
「ストレスの種を排除しましょう」と言ってくださるまでは。
何も信じられない、怯えたままのウサギみたいな毎日でした。
逆毛を立てている、子猫のようなものでした。


あれから1年経ちました。
怖がりな私は、「初めて」が苦手です。
それが、家人のことでも、自分のことでも。
今でも、「初めて」が苦手です。幾ら歳を食っていても、
落ち着いて何もかも受け入れたり、納得したりできない。
きっとこれは、個人差があるのだろうけれど、
多分、衝撃が強いと余韻も強く、反芻せざるをえない事が
あり過ぎて、持て余してしまう。
その度合いが、ちょっと許容範囲を超えていたのです。


だから、忘れないうちに書いておきます。
守っていただいたのは、家人の命だけではなく、
私達家族の在り方、私と家人の繋がり、
私が人を信じようとする、気力です。
「私の人生」に固執した、私自身の尊厳です。
その時私は、妻でも母でもなく誰でもなく、
唯一、私自身に戻りたかったから。


先生、「夫婦」でいるのは、けっこう大変です。
病気でも病気でなくても、心の中に「健康」な部分がないと、
その結びつきが、脆くなってしまうから。
体の健康と心の健康は、表裏一体ではなかった。
「健全な精神は健全な肉体に宿る」なんていう
保健体育の教科書的金言を、もう、これっぽっちも信じられない。
ちょっと、斜に構えながら、実は1年が過ぎました。
でも、めげてもすぐに復活できるのは
先生と、先生方のお陰です。


沢山の病院と沢山の先生。でも、多分マスク越しでも、
一番沢山、顔を見たはずの先生を、今日は思い出しています。
自分の「昔々」を思い出させる、先生の言動に
今でも、立ち止まって振り返りたくなります。色んなことを。
そして、その思いに浸ることは、悪いことでは無いけれど、
こだわりすぎてもいけないことを、知っては・・・いるのです。


教科書にあるように、上手に依存し上手に自立する。
その過程を、単純に描くことはできないけれど、
限られた未来に向かって、効率よく繋げることは、
実際、私にとっては難しいことなのだけれど、
まあ、「離脱」するのに少々時間がかかっている気も
するのだけれども、・・・仕方が無いです。


こんな自分を持て余してはいますが、何とか元気です。
ちょっとばてて、健康を害したけれど、
まあ、元気です。元気な部類です。
今は私よりも、先生の患者だった家人の方が
見た目、ずっと元気です。
これが、1年後の私達です。


では、お休みなさい。