Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

連日娘は大学(医学部)祭へ

去年、家人の入院中に、たまたま遊んだ大学祭に味を占めた娘は、
今年も連日出かけた。まあ、車で30分以内だから、いいけれどさ。
学生時代に学祭に出かけた経験を持たない私と違って、
娘のお目当ては食べ物の屋台であり、スタンプラリーやクイズ、
手品や風船、シャボン玉にスーパーボールすくいと
子供を楽しませてくれるコーナーの数々だ。
一人っ子で育った彼女にとって、大学生のお兄ちゃんお姉ちゃんが
遊んでくれるコーナーは、キッズプラザで遊ぶのと何ら変わりない。


かーちゃんはフリマで買い物、食い気に負けて屋台で買い食い、
みたらしだんご、キムチスープ、たこやき、うどん、やきそば。
チョコポッキーに少しアルコールも・・・。
薬膳喫茶では生姜紅茶、シナモンココア、かりんとう
生薬は一通りかじって味見して、お茶会では立礼でお手前を。


去年患者だったとーちゃんは、白衣を着て聴診器を掛けてコスプレ?
家族で記念写真、まあ、いいけどさ。
かーちゃんは調子にのって、マスク付き術衣を着て、顔を隠して
記念写真。どんな家族なんだ、こんなもんだ、学生さんごめん。


今年は消化器系統の臓器展示は、ちょっとまじまじ眺めた。
それにしても、内臓の皮下脂肪の、バター色のきくらげ状に
ひらひらと体積しているのを目の当たりにすると、
もはや自分の腹部は、内臓をカバーしているというより、
当節流行の症候群の典型的な「証拠」以外の、何物でもない。
ご丁寧に、手袋まで添えられていて、触ってもいいとのことだが、
ここは、遠慮申し上げた。BMIは妊娠中より悪化しているし、
このコーナーからは早く逃げたい・・・。


何故だか手術のDVDのBGMはがんがんのロックだった。
電気メスや内視鏡操作のシミュレーション、縫合体験など、
昨年同様の展示なのだが、娘は嬉々として取り組んでいる。
私は・・・、昨年と展示内容が同じでも展示方法が違っている点を
比較して、去年の方が良かったかな? と思ったりした。

アフター・サーヴィス

アフター・サーヴィス



私は家事があるから、連日遊んでいる暇はない。
今日は家人と娘だけが出かけている間、風呂掃除(天井)と
衣替えに集中した。娘より小さい子供のいる友人に送るもの、
来年使うもの、「記念」に取っておくもの。
娘の服の整理は、どうしても感傷的になり、思いのほか時間がかかる。


昼食。久々にマーボー春雨。娘、ピアノの練習。
おやつ、カステラとコーヒー。娘、自転車の練習。
秋の日はつるべ落とし、あっという間に暗くなる。
夕食。カレーライス。大人用の中辛のルーしかなかったので、
娘も食べられるように、ジャガイモ3個にサツマイモを1本加え、
林檎のすりおろしと、パイナップルの荒刻みを加えて甘くした。
ピーマンと胡瓜は微塵切り、隠し味は薄口醤油。ガーリックパウダー。


家族が一日一緒に居ると嬉しいのだが、否が応でも
台所で食事ばかり作っていることになるのが、主婦の一日。
でも、風邪を理由に朝寝坊させてもらった。(レイトショーのせいだが)
連休の醍醐味で、贅沢な時間の使い方ができる。


手塚治虫の番組を録画し、娘に読み聞かせをして寝かしつけ、
やっと朝刊を広げ、世間の情報を拾い集め、
昨日今日を振り返る。明日からは、また戦場。
そう、職場は戦場だ。仕事は自分との戦いだ。生活は戦いだ。
手塚治虫が自分の命を削って描き続け、仕事をしていたように、
人は自分自身のやりがいや生きがいのために、何かを引き換えにする。


この一歩引いた状態に安穏としている時、安らかに見える休息が
(一般に生活は平凡であるが故に)
その休息こそが、実は戦いの延長線上だということを
一瞬、忘れることもあるのだが・・・。


私は橋を架けに行く。目に見えぬ矢玉飛び交う毎日の中に
人はそれぞれ歩かねばならぬ道があり、道には障害が付き物。
高い橋、低い橋、大きな橋、小さな橋、時には潜水橋、
毎日色んな橋を架け、道を造り、歩き続ける。
歩けば道になる。渡れぬ川もある。時には橋を落とす。
それでも、陸の上であれ水の上であれ、歩き続けるために
何かを越していくためには、橋が必要になる。


休み明け、そう自分に言い聞かせて、歩き始める。

明日に架ける橋

明日に架ける橋