Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

エルミタージュにかこつけて

有給休暇を消化せねばならない。気分転換がしたい。
何しろ仕事では辛いことが多い3月だった。公私共々シンクロ。
転勤後3年間積み上げてきたものが、鳶にアブラゲをさらわれる様に
物理的にも心情的にも崩されてしまった事は、こたえる。
シジフォスの神話の如く、徒労感が強まった3月。
家人の基礎疾患+α、母の入退院+α、仕事での役職+α。


「一応どれでも出来るから、順番に、年齢編成上、
 とりあえずお願いしたい人がいないので」等というのは、
組織社会では褒め言葉に見えて、人を使い回す緊急時の
取ってつけたような「単なる褒め殺し」にしかならない。
結局は、人手の足りない所、組織の手薄な所に、
有無を言わず回される。本人への意思確認など形式上のことだ。
「便利屋か」と言われるのは、本当にこたえる。
この職場に来てから、仕事をすればするほど、
達成感よりも、使い捨てられ感が強くなってしまった。


という訳で、有給休暇の消化は、娘と1日誰にも会わない小旅行。
片道2時間半、京都へlet's go! 
スルット関西3日間チケット大活躍。
私の目的は話題のエルミタージュ展だが、娘には難しい。
そこで、京都市学校歴史博物館に先に行くことにした。

日本教育小史―近・現代 (岩波新書)

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子どもたちの近代―学校教育と家庭教育 (歴史文化ライブラリー)

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公立小学校の挑戦―「力のある学校」とはなにか (岩波ブックレット (No.611))

公立小学校の挑戦―「力のある学校」とはなにか (岩波ブックレット (No.611))

教育関係者でなくても、ちょっとしたタイムトリップを経験できる
素敵な小さな博物館。本当の小学校と校庭がそのまま残されて博物館。
昔の教科書、設立時の様々な資料、幕末から明治、大正、昭和、
そしていつの間にか平成も20年近く経ってしまった。
昔懐かしい文房具、家庭用品、教科書、理科の実験道具。


娘は体験コーナーで嬉々として器具を触っているが、
私の知らないものもあり、見たことはあるが触ったことが無い物は
上手く説明が出来ない。ビーカーやフラスコ、試験管なども、
理科の実験には程遠い1年生の娘には、素敵な宝物に見えるようだ。
アルコールランプも石綿の付いた網も、音叉も、バネ量りや分銅も
目新しいこと限りが無いのだろう。


京都らしい美術工芸品が、諸氏先輩卒業生から寄贈されていて、
それこそ「お宝発見」の世界。しかし私のお目当ては、昔懐かしい
アルマイトの食器で作られた給食セットであり、
保健室に飾られていた、あの不気味な寄生虫標本体内模型図だ。
何十年ぶりかで、この思い出深いサナダムシ君とお仲間達を見た。
受付の方は、「私達の検便はマッチ箱に入れて持っていったのよ」と
語って下さったが、さすがに私はその世代ではない。


昭和初期の教科書、両親が学んだであろうカタカナの教科書を
娘は一生懸命音読する。歴史的仮名遣いも教えれば、すらすらだ。
「右から読んだらいいんだよね、横書き」
「ヘはエになるの? フはウ?」よしよし、よく読めました。
帰りしな、二宮金次郎の石像の前で写真を撮った。


バスで小雨の中、京都市立美術館、大エルミタージュ展へ。
日本では、余り馴染みのない作家・作品も多い。
エルミタージュを訪れたのは、もう4半世紀も前・・・。
まだソ連レニングラードの時代、夏のさなか、
熱い思いで宮殿の中をそれこそ走り回って、観られるだけ観た。
限られた半日間にも満たぬ時間、持てる知識を総動員して
自分の目に焼き付けていった作品群のうち、
見覚えのあるもの、幾つかに再会し感慨に耽った。


娘は楽しかったルーブル展の時と違って、
子供用の説明が無いので少々むくれている。
それでも、閉館まで2時間半たっぷり見て回った。
館内はエルミタージュの雰囲気を醸し出そうとしたのか、
エントランスから壁紙まで淡いグリーンとピンクで統一。
ちょっと異世界へきたぞ、という感じ。
火曜の平日の午後、狙い目どおり空いており、ゆっくり鑑賞。
へえ、カタログの表紙が2種類、こんなこともあるんだね。
もちろん、ルートヴィヒ・クナウスの「野原の少女」を選んだ。


水辺や草原の絵が多く、それだけで私の心は絵の中に溶けて行く。
未だ見ぬ場所、かつて訪れたことのある場所、
大好きな画家の思いがけないタッチ、構図、色遣い、etc.
家庭の情景、人と自然の共生、都市の肖像というテーマに沿って
説明書きの付いた展示。最近の展示は主題がわかりやすく身近。
絵画に限らず、美術作品に近づくための展示や説明が
変わって来たなあと実感させられる。
これに子供向けに一捻りあれば、嬉しいのだが。


池田理代子の漫画でも有名になったエカテリーナ2世が、
どんな思いで政務に取り組み、精力的に人と交わり、
自分専用の通路を用いてこの隠れ家に籠り、思索に耽り、
蒐集品集めて、もう一つの自分であるこの館を磨き上げて行ったか。
同じ「隠れ家」でも、マリー・アントワネットのプチ・トリアノンとの
余りにも大きな差が面白い。
まあ、比べること自体間違っているのだが。
生き方も、置かれた立場も、幼少時からの生い立ちも。


自分で創り出す事が出来ず、受け流して全てを失った人生と、
自分で創りだす事で、君臨し獲得した人生との大きな差。
同じ女性として、一人の女性として、
失ったもの得たものをどう受け止めたのか、思いを馳せる。
ひと時、歴史の間をすり抜けて、階段の踊り場から見上げ、
或いは見下ろすように、作品と作品の間の空間に佇む。


娘よ。君は不満そうな顔をして説明テープを聴きながら
エカテリーナ2世ピョートル大帝の前に立っているね。
今日は君の月誕生日。27日。今日で7歳と6ヶ月。
この絵の時代ならば、親と暮らすのはあと10年も無いんだよ。
今日はせめて、かーちゃんと一緒に手を繋いでいよう。
もうすぐ2年生になる君、あと、どれくらい仲良く
並んで手を繋げるか、わからないけれど、ね。


君がいつか、ずっとずっと大きくなって
絵の世界に入り込みたいと思うようになった時、
(時には入り込んでしまいたいと思うようになった時)
こんなふうに一緒に京都に来たことを、美術館や博物館を
巡り歩いたことを思い出してくれるだろうか。
その時、とっくに私がいなくなってしまっていても。
そんな風に感傷的になる、小雨、春雨の京都の日暮れ。

住まいと家族をめぐる物語 ―男の家、女の家、性別のない部屋 (集英社新書)

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エルミタージュ―波乱と変動の歴史 (遊学叢書)

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サンクト・ペテルブルグ―よみがえった幻想都市 (中公新書)

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