Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

出張から美術館―浮世絵

仕事は午前中、朝一何とかこなし、二会議で凹みかけ、
三暴言に振り回され、四入力ミスに泣かされ差し戻し、
訂正は後日ということで、出張に出かける。
これがまた甲斐の無いもので、まあご栄転した方々の
顔見世も兼ねているのか、形式だけの為に借り出されて
枯れ木も山の賑わい、いやいや・・・。
一刻も早くこの場を離れたい。


という訳で、お役目御免の後の残り1時間半、猛ダッシュ
大阪市立美術館の浮世絵達で、お口直しならぬ気分転換。
公園内に咲き誇る薔薇を愛でる時間があれば、
なお良かったのだけれど、閉館間際まで江戸時代にタイムとリップ。
http://ukiyoe.exh.jp/


浮世絵「名所江戸百景」復刻物語

浮世絵「名所江戸百景」復刻物語

北斎妖怪百景

北斎妖怪百景



やっぱり北斎は面白い。変化があっていい。
他の作者に比べて、同じ人物の作品かと思うくらい違う。
子供の頃北斎の名を知ったのは、幽霊・お化けの百物語。
長じて風景画の名手として、その後映画では奇人変人。
家族を犠牲にしても目立ちたい、長命な芸術家、
自分の欲するところに忠実なお人、そんな印象が強かった北斎


話題の竜虎図、絶筆に近いという晩年の傑作も、
説明が無ければわからない。何故なら、力漲る筆の捌き具合、
落ち着いて冴えた色(書きあがった当時とは若干違うだろうけれど)、
装丁の具合もよく、保存状態申し分ない。
久方ぶりの逢瀬を楽しむ2匹は
(まあ、楽しんでいるというより睨み合い、対峙しているんだけれど)
いささかの衰えも感じさせない筆力でもって描かれている。


こういう作品を見せられると、老齢に入ってからも傑作をものしたいと
精進し続けた執念、創作意欲、自己実現へ賭けるエネルギーの強さに
圧倒されてしまう・・・。見習わなくてはいけないんだろう。
もう、たった半世紀近くの生活で、力をセーブしたくなるような、
そんな仕事の仕方をしてちゃいけないんだろうけれど・・・。
本日の出張の内容を思うと、文書で済ませてくれ・・・、
意味無いよ、と正直思ってしまう。


さて大学時代、文字ばかりの古文書修行には辟易、
1年であえなく挫折、さようならをしてしまったが、
その後10年間ぐらい、関西の殆どの大きな美術展を総なめ。
「ギメ美術館所蔵」という文字を何度も見たが、
多くの浮世絵が、仏のギメ美術館にあるということを
全く知らずに、パリ旅行中、ギメでは仏像と遺跡ばかり鑑賞。
東洋の美術品の莫大な収蔵量に驚かされたものだ。
今回、素晴らしい浮世絵が出品されているのを見るにつけ、
自国の文化流出・保存が無茶苦茶だった時代に、唖然。


数々の美人画を目の前にして、改めてこれが肉筆ではなく、
多色刷りの木版画だということ、浮世絵の細密さ、繊細さ
刷りの鮮やかさ、文様の複雑さに改めて目を見張る。
お好きな方は拡大鏡で覗いてらっしゃる。さすが、通。
1枚1枚に丁寧に時間をかける時間は無かったけれど、
描かれた女性達のすらりとした立ち姿、その姿勢の良さ、
大きく抜いた襟元、靡かせた袂やすそとのバランス、
思いの外、背が高くしっかりした体型に見えることに驚いた。


そう、美人画の皆様は遊女も多く、華美な服装をしているが、
決して「なよなよ」と描かれているわけではなく、
流し目の、切れ長の、仇花の意地を見せるような、
きりりとした佇まいでいらっしゃる。
様式化された構図とはいえ、生々しい極彩色グラビアとは
また異なる次元での粋で艶やかな艶かしさ、または清楚さ。


そして、鮮やかな色よりも、黒・灰色系のグラデーションと文様が
彫りのすっきりとした、版画の画面に映えるということを
これが今となっては真似できないといわれている、刷りと一体の
職人技の妙味ということが、作品を間近に眺めて納得できた。
肉筆彩色とは異なるその雰囲気、見れば見るほど、
版画は「機械印刷」ではないことが、実感できる。


文学史や日本史の資料の中でしか知ることの無い、多くの名前。
鈴木晴信、喜多川歌麿東洲斎写楽、歌川豊国、歌川広重
その間に活躍していた多くの版元の元で働いていた、
無名の人々。過ぎ去った歴史の向こうで、
自分の日々の技が、芸術として命脈を保っていることを
知らないで逝ってしまった人々。


娘が言っていた。漢字1字で自分の家を現したら
「平凡」の「平」だと。(うちは平凡な家庭かなあ・・・)
ちょっと気抜けしたけれど、
「平凡」であることは難しい。確かな日常の積み重ね、
それが技であり、信念、学問、芸術の一端であることを
そこまで高められるものであるはずの、ことを。


出張から、1時間半。私の心は覚醒する。
普段忘れていたことを。いつの間にか失っていたものを、
朧ろに見出し、記憶の海に底引き網をかける。
揚がってくるものは、何だろうか。

浮世絵師列伝 (別冊太陽)

浮世絵師列伝 (別冊太陽)