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モジリアニの妻に会う

奈良でまた哀しい事件が起こった。
しかし、医療体制のせいだとは思わない。
どんな個人的な事情が有るにしろ、38歳という年齢で
自分の妊娠に気が付いていない筈が無く、
高年齢のハイリスク妊娠で、かかりつけ医を持たず、
夜中にうろうろ出歩き回るなどと、
出産に対してどういう姿勢で臨んでいたのか、
どんな背景を持つにしろ、自分の命どころか、
子どもの命も守る自覚が無かったのだとしか思えない。


世の中には、子どもが欲しくても恵まれない人間は多い。
まして、高齢出産が増えているとはいえ、
出産は、安全で誰もが同じ条件で行えるものではない。
経産婦でさえも、1人目と2人目では全然お産が異なる。
痛ましいとは思うけれど、同情はしない。
悲惨な交通事故でもなく、不運な悪性の難病でもなく、
いくらでも自分の体を守るチャンスがあったはず。


その結果、救急車の交通事故、悪い時には重なる。
こういう形で報道されて、待ってましたとばかり、
ステレオタイプ奈良県産婦人科医療を叩く記事になり、
医療崩壊に拍車をかけるお馬鹿ななマスコミに弾みをつけ、
(少なくとも私にはそう感じられた)
真剣に、現状打破に東奔西走している人間に打撃を与えた。
それが、自分も子どもの命も粗末にする結果に繋がった。


哀しくも痛ましく腹立たしい事故のニュースを聞いた日、
私はモジリアニの妻に会いに行った。
愛しい夫の死後二日目、お腹に子どもを宿したまま、
後追い投身自殺で、その才能と人生を散らせた女性。
彼女の名前は、ジャンヌ・エピュテルヌ。
21、2歳で、夫と子どもと自分自身を失った女。

アメデオ・モディリアニ―1884-1920 (タッシェン・ニューベーシック・アートシリーズ)

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モディリアニの絵本―あえてよかった (小学館あーとぶっく (12))

モディリアニの絵本―あえてよかった (小学館あーとぶっく (12))

仕事を30分早く切り上げ、娘をピックアップし、
夜の市内へ向かう。鑑賞時間は少ないが、仕方無い。
「モジリアーニと妻ジャンヌの物語展」
大丸ミュージアム梅田にて。9月24日まで。


モジリアニと妻の悲劇はよく知られている。有名な話だ。
結核が業病として多くの人間の命を奪っていた時代、
外国でも芸術家でもそれは珍しくない、致命的な病。
才能溢れたものが神に愛でられたのだと諦めざるを得ない。
そんなイメージを与える病。肺病病み、肺病たかりと忌み嫌われた。
栄養不良の免疫不全を背景にした感染症

モディリアーニ―夢を守りつづけたボヘミアン

モディリアーニ―夢を守りつづけたボヘミアン

病死した画家は、10以上年の離れた愛妻を得てから、
奇跡の3年間を過ごして名作を世に送り出した。
しかし、その背景に個性的な作風を確立していた、
才能の有る画家としての妻が存在していたことは
多くの人には知られていなかった。


詩人・彫刻家として名高い高村光太郎の妻、智恵子が
その才能を結婚によって奪い取られたも同然で、
心を病んだ挙句死に至ったように、
ジャンヌは大家の片鱗を一瞬煌かせただけで、
モジリアニの妻の名に隠れる形で世に出ることも無く、
(戸籍上、生まれた子どもは私生児扱いで)

智恵子抄 (新潮文庫)

智恵子抄 (新潮文庫)

智恵子と生きた―高村光太郎の生涯 (詩人の評伝シリーズ)

智恵子と生きた―高村光太郎の生涯 (詩人の評伝シリーズ)

10代半ばのジャンヌの作品は、ナビ派の、キュビズムの、
マチスの、キスリングの、ビュッフェの、ブラックの、
ローランサンの、様々な画家の作品・作風を連想させる。
そして、写真とその自画像、独特の形の三つ編みの黒髪。
思春期の心理をあれこれ創造させる、目の釣りあがった自画像。
眠るモジリアニを描いたデッサン。


その画風やデッサンの数々を眺めていると、
彼女が病の夫の傍らで看取る間、どんなふうに病み疲れ、
人生を儚んだか、ある意味、痛いほどわかる。
病を持つ人を愛し、添い続けることは、簡単ではない。
それも、死に至る病であればこそ。
先が見えない未来を、受け入れなければならないのなら。


彼女がお腹の2番目の子供を、道連れにしてしまった。
残された長女はどうしたのだろうか。
妹が自分よりも年上の男性と同棲・出産したことで、
いたくショックを受けたという兄は、どうしただろうか。
下世話にも、色んなことを考えてしまう。
でも、喪失の悲嘆の余り発作的に身を投げたジャンヌと、
奈良の妊婦とでは生き方は違うだろう。
少なくとも、そう思う。


展示会場の最後、ジャンヌの遺髪が飾られていた。
いまだ黒々と生気を持って輝く光沢のある髪。
本当の意味で人生が始まって間もないうちに、
艶ある髪を手に巻き取る人を失って、
独りで現実を梳る日々に耐えられなかった、
それほど若かった、ジャンヌ。
それほど、彼女の人生を奪い取って逝ったモジリアニ。

ART BOOK モディリアーニ (アートブック | 画集 伝記)

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芸術新潮 2007年 05月号 [雑誌]

芸術新潮 2007年 05月号 [雑誌]

14階のレストランから、夜の街を見下ろして食事。
ああ、彼ら2人が生きていた頃、この高みにて食事など
ありえなかっただろう。贅沢な、神の高みより見下ろして、
車や人の流れ、点滅する明かり、立ち並ぶビルを眺める。
唐突に思う。私は決して身を投げた出したりはしない。


感傷的になって考える。
芸術品の一つも残せない自分の人生を、
どんなふうに生きていくのか。
どんなふうに生きて生きたいのか。
流されるだけではなく。

恋文―画集・智恵子抄 (アートルピナス)

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愛 (パレットシリーズ)

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