Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

蛍のご利益

さて、今日から「文月」。字を見るだけで何となくほっこり。
水無月」よりも優しい感じがしませんか?
ちなみに娘に「6月はどうして水無月なんだろうねえ」と尋ねたら、
「梅雨時は雨が沢山降って、天に水が無くなるから」と即答された。
うーむ、侮れない奴。


ともかく、文月。親しい人と文をやり取りするような月?
七夕の短冊に思い思いに願い事を綴るもよし。
ブログという便利な物がある現在、リアルタイムでお便りを頂く感じ。
電話と異なり、文字は何度でも読み返す事ができて嬉しい。


昨日の蛍との出会いという僥倖があり、少しく気分もほぐれ気味?
とはいえ、慌しく出勤。じたばたと午前中。中途半端に仕事を片付け、
とにかくきりのいい所で切り上げて、やっつけ仕事。
上司との面談を明後日に伸ばしてもらい、代理で出張先に。
ただでさえ時間が足りない時。
実は気の引ける代理出張のだったのだけれど。


どうやら蛍は少々孤独な気分になりがちな今の私に、
(研修で「人間は孤独なもの」と1番に記入したから)
ちゃんとプレゼントを持って来てくれたらしい。
代理の会議出席のお陰で、懐かしい顔ぶれ、
本当に久しぶりに懐かしい元同僚に巡り会う事が出来た。

続ぼくを探しに ビッグ・オーとの出会い

続ぼくを探しに ビッグ・オーとの出会い

Sadao&Charlie Again

Sadao&Charlie Again


さすがにこの年まで勤めて来ると、出張先で思い掛けない出会い。
こちらがすっかり忘れていても、何らかの噂や話題が一人歩き。
「・・・なんだってね、大丈夫」と言われてみたり、
「・・・は、どうしているか知っている?」と別の人が話題に。
前置きは殆ど無しで、毎日机を並べているような気安さで、
情報交換が始まっても違和感がないというのが嬉しい。


そう、本日4人会いました。懐かしい顔ぶれに。
元同僚とはいえ、先輩であったり後輩だったり、
かつても今も近寄り難い人だったり、様々ですが。
会えばそれなりに懐かしく、若かりし頃が甦って来ます。


会議の場での発言を聞くに付け、「変わらないなあ」と思い、
雑談をしながら「相変わらず気を遣う人だなあ」と感じ、
「随分痩せたなあ」と心配でも敷居が高く会釈のみで、
「まあ冷たいお茶でも」といそいそとうちわ話に興じ。
2時間半の出張会議とその後は、思いもよらぬ出会いの場となり、
私の心にちょっとした弾みを付けてくれた。


人の世の話題には、病気自慢不幸自慢じゃないけれど、
楽しい話題ばかりではない事が多く、お互いの年齢が年齢なので、
それなりに深刻な話題も当たり前に出てくるけれど、さらりと聞いて、
ほんの少ししみじみし、これ以上は・・・と話題が軟着陸。
こんな会話が出来るようになったこと自体、年を感じる。


かつての職場で父とも兄とも慕った先輩も、残す年月は僅か。
私だって両手の指にちょっと余るだけなのだから、当然。
「君もそんな年になったのか」と先方も驚き呆れる。
幸不幸は背中合わせで、子育ても楽しいばかりではない時代を迎えて、
どこの家でも青息吐息。それは経済的なことばかりではなく、
精神的に似たり寄ったり追い詰められながらも、仕事優先?
それぞれの家庭に対して忸怩たる思いを抱えつつ、
みんな年月を重ねて生きている。


みんなが楽しく過ごせるように、仕事が出来るように。
嫌なことや辛い事があっても、何と比べて嫌だったり辛いのか。
見返りを期待して仕事をしているうちは、仕事に「自分」を出すから、
そうなってくると、自分の色に染めないと気が済まなくなる。
段々しんどくなるし、上手く回らなくなるよ。
周りが心配してお膳立てすれば、若手はひ弱になる一方だ。
歯を食いしばってでも1人でやってきてこそ、自信にも繋がる。


そんな先輩の懐かしい口調を再び聞きながら、お茶をする。
こういう話を前の職場ではよくしたなあ。よく聞いたなあ。
こういう所で両手で庇う様に育てて貰ったのではなかったか?
そして、自分はどこでどんなふうに返して行けているのだろう?
そんな思いを抱えながら、じたばたの30代を振り返る。
先輩に鍛えられた日々を、仕事に希望を持っていた日々を。


むろん今だって全く希望があるわけじゃない。
無いわけでもないが、所変われば・・・の世界だから、
相手次第でいかようにも。
自分だけを貫いて仕事をするなんて事は、ありえない。
それにしても、今日この代理出張が回ってきた事が、
これを引き受けて了承した事が、「再会」に繋がるとはね。
文月朔日、いい事があった。


TVでは、高額賞金獲得を前にIQ芸人と呼ばれるまでになった、
娘と私が応援しているロザン宇治原君が読めなかった「素見す」
いやあ、私も読めませんでしたが。
今日の出来事が、このところ心身共に落ち込みがちな私を
「素見し」に来ただけではないことを祈るばかり。


いつもどこかで誰かが、・・・そんな感覚を忘れないでいたい。
暖かいコメント、美しい写真に触発され、
思わず歌を詠みたくなる瞬間。
見知らぬ世界を、懐かしい景色を思い起こすひととき。


遠い異国で愛猫と共に暮らしつつ、和食を作っている人。
異文化の中で逞しく子育てしているママ。
仕事を終え帰国の準備に追われている方。
連日、命のやり取りに直面している人々。
色んな人、色んな生活、色んな思いが届けられる。
知っていたい。付いて行きたい。届けたい。


様々な出来事、思いが届けられている日々に、影響を受け、
いつとはなく、優しく支えられている日々に感謝しつつ。
蛍火をともして、かがり火を焚いて、合図を、エールを、
言葉には出来ない様々な思いを、届けたい。
言葉では上手く表せない、何かを。


今日も今日とて、電脳玉手箱の世界、果てしなく、
彷徨い飛ぶは我が心。憧れ出づる蛍のように。
文月朔日の今日、今宵。

ドヴォルザーク・イン・プラハ

ドヴォルザーク・イン・プラハ