私の前にある手

今日の私の前にある手。薄いゴム手袋に細い指、優しい小さな手。
でも、私の口腔内環境と外見上の双方を一手に担う微調整を続ける手。
前歯のブリッジの金属部分、しっかり土台ができているかチェック。
この先生の手によって、出来上がるもの。
この先生の知識と意思と技術の総合された結果として、
私の歯は、私の生活、食生活、言語生活等を支える歯となり、
私のQOLを維持すべき装置として機能しなければならない。

私の前にある手。器具を持ち、持病の鼻を検査。
なにやら悩ましげな表情を伴ってカルテ記入後、
「時間ありますか？」念のためにレントゲンだそう。
受付の人の手、検査票、レントゲン室、両手を機材の真横に添え、
再び診察、私の手はカードで支払いをし、薬を受け取る。

ポケットの中にスルットkansai３dayチケット、手探りで確かめ、
駅前でお弁当・お茶･ヨーグルトを購入。一路京都へ。
デパートでは源氏物語にちなんだ品々を展示。
写真に取ることを許されなかった、貝合わせのお道具。
手仕事で仕上げられた美しく華奢な細工物。
工芸品のコーナーを一巡して、お目当てのガラス展へ。

人の手は人の心の動きを意識化し、イメージ化し、芸術作品に変える。
この思いをどうやって伝えよう、とりもなおさず色に形に写し取り、
思いのたけをデフォルメし、或いは緻密に精密に描き出し、
削り取り、成型し、光を道連れにダンスをするが如く軽やかな、
思い出を胸に秘めるが如く繊細な、ガラスの世界を創り上げる。

感動を味わう暇も無く、暑さでぐったり疲れた体を電車に乗せ、
買い込んだパンフレットをよたよた引きずり、本日最後の訪問地。
スポーツ整形のリハビリ室へ。右腕はテニス愛好家ならぬテニス肘。
腰の痛みは軽快しているものの、筋力の衰えは家では直せない。
根性なしは、お金を払って涼しい所で、コーチ付きで運動リハビリ。
私の前にある手は、自分だけでは伸ばす事が出来ない部分を押し、
確かめ、今日の運動メニューを決める。

自分以外の手に触れる、そんな日。

紫式部の生きた京都―つちの中から 源氏物語千年紀記念出版

エルボーレスキュー 肘用サポーター ブラック フリーサイズ

歯科大附属病院補綴咬合科、耳鼻咽喉科、
ガレ・ドーム・ラリック　アール・ヌーヴォーからアール・デコへ
〜華麗なる装飾の時代〜
スポーツ整形外科リハビリ室。
今日一日、通院から通院への空き時間を、電車で小旅行。

朝一番で診察が終わると、次の診察も観てもらって、移動中にランチ。
思い立ったが吉日の展示会。久々に大好きなガラスを観て心癒され、
取って返す頃には疲れがどっと出て、西日に照らされながら乗り継ぎ、
リハビリ室で腕を冷やし、足腰、首、腕のストレッチをし、
よたよたと帰宅。

実は先週から出歩いた反動が出ている。
美しい美山の自然も、アールヌーボーのガラスの美も、
自分が憧れて止まぬ世界、観ているだけで心癒される世界なのだが、
どれもこれも人が心を砕いて身を粉にして働き維持している世界。
志高い生活意識が美学哲学を伴って、生み出された美の世界。

それを味わうべく闖入乱入するような、観光客、通りすがり。
別の世界を脱出してきただけの風来坊と変わらない、よそ者、異端者。
自分の手で何を生み出しているわけでも無く、与えるでもない、
生活に追われている必然だけの、必要だけの労働。
受けるばかりで与える事が出来ているのだろうか。

風にそよぐ稲の苗。美味しい食事。額に汗して得るものの尊さ。
お金と時間に任せて、一瞬の逸脱、日常からの乖離、脱出を試みる者の、
軟弱さ、依存性、我儘、逃避。マイナスの面ばかり目に付く。
リフレッシュとは言葉の上での美しさ。実は･･･と落ち込む。
私の手は、私の手が紡いでいるものは、何？
私の前にある手は自分の手、それとも人の手？

自分で作り出した物が実感できない、自分の領域が曖昧。
そんな日は、リフレッシュの反動が心に痛い。
美しい景色も作品も、自分のものではない他人のもの。
それに与る機会の素晴らしさを素直に享受する事が出来ない。
後ろめたい惨めな思いが付いて離れないのは、何故？

傷む腕、手の向こうに自分の生み出したものは？
作り出したものは？　実感できるものは？
何なのだろう･･･。
自分以外の手に触れて、考えさせれれ･･･。

ルネ・ラリック 光への軌跡

光の魔術師―エミール・ガレ (Shotor Museum)

アール・ヌーヴォー ガレ、ドーム、ラリックの煌き (別冊太陽)