Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

たかが判子されど判子

さて、アップが遅れておりますがいつものように「入院して」ではなく、
仕事の繁忙期と体調不良が重なっているだけで、まだ無事です。(苦笑)

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データの打ち込みや書類チェックが多いこの時期、
訳のわからない判読不能の文字、外字が必要なもの、
付箋を付けたり、上に仰いだりして処理を続けるわけですが・・・。
最近の人の名前が・・・読めない。というか、振り仮名を見ても、
本当にこの読みで正しいのですか? と疑問に思う名前もちらほら。
昔の「悪魔君」騒動ではありませんが、親の思い入れもさることながら、
何の流行か姓名判断の占いの結果なのか、この名前で生きてきたのねという、
どうしても読めない当て字の名前、それから世相を反映したような名前、
漫画の主人公か芸能人か、それとも宝塚バリの芸名でしかありえない、
そういう名前に翻弄されながら、書類の山をチェックしています。


時代が時代ですから、さすがに昔のようにお花ちゃんお梅ちゃんみたいな
一文字二音の名前は少ないし、カタカタの名前も少ない。
女の子は平仮名の名前が増え、昔のように「子」の付く名前は殆ど見ない。
その点でいくと、老母のお陰で私の名前は最先端、娘も同じく。
男の子の名前も一文字二音がはやった時代もあったけれど、
やはり流行の漢字一文字を使って男らしい名前?
太郎だの次郎だのそういう名前は少なくなった。


書類の山には判子が付き物。日本社会はペーパーレスなデジタル社会には程遠く、
正式書類には署名捺印が基本。そこで印鑑がないと、付箋付き書類に。
判子一つで書類不全・書類不備となりチェックが入る。
たかが判子、されど判子。至急連絡して判子を持ってきて貰うことに。
(一から付き返したりしませんよ、私達の職場では)
形式上、手続き上どうしても判子が必要になる。
そういう事はわかっていますが、その判子の使い方、
その判子の中身まで、いちいち深く考える人、少ないでしょ。
余り意識せず、ぽんと押すのでは?
特に男性は・・・。

人名用漢字の戦後史 (岩波新書 新赤版 (957))

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異体字の世界―旧字・俗字・略字の漢字百科 (河出文庫 こ 10-1)

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ある書類に付箋。? どこがおかしいのか私にはわからない。
ははあ、並べられている人名、苗字が違う。
でも、そういう事は珍しくない。え? 苗字の問題ではなくて、判子?
え? どこが? ちゃんと判子あるじゃないですか?
この書類のどこが不備? 判子が苗字じゃない? はあ?
何ですと? 苗字で無ければ判子じゃないのですか?
そんな筈は無いでしょ。え、こんなのは初めてだ、見たことが無い?
あのねー、長らく書類を扱いながら、お言葉を返すようですが・・・。



私の上司は今まで仕えた中では、一番物腰が柔らかく、人当たりがソフト。
管理職にしては珍しいタイプだと常々思っているのだが、
時々? と思うこともしばしば。今回はその一つ。
しかし、これは上司が問題なのではなく世間一般の男性はそうだろうし、
女性でも普通はそういう反応なのだろうと思う。
「判子は苗字を用いて押すものだ、捺印とは苗字だ」と。
苗字以外の判子は、判ではないと思っているのでしょうね。


世の中ではサインだけで済むものもあるけれど、日本は判子社会。
パソコンで画像を読み込み、偽の印鑑が造られるようになっても判子社会。
その苗字は個人を表すと思っている人が多いけれど、実際は家の判子だったりする。
現実には「家」「家名」なわけで、そういう苗字に縛られて色んなトラブルが、
手続き上の面倒が起こる難儀を知らずに生きている人も多い。
何事も知らぬが花、経験せずに越した事は無いのかもしれないが、
問題は現実に存在している。


遡れば、何ゆえに女性は苗字を変えなくてはならないか。
嫁ぎ先の姓を名乗ることになるのか。
今まで自分が稼いできた預金通帳から生命保険、一切合財を
本籍地も訪れたことの無い見知らぬ土地に住所を置き換え、
慣れ親しんだ自分のアイデンティティの一部をあっさり捨てねばならぬのか。
疑念をさし挟む余地の無い生き方をしてきた人は、それでいいのかもしれない。
私は私の苗字を捨てるのは嫌だ。何故、そうしなければならないのか、
法律的には逆もOKなのに、何故女性の側が煩雑な書類上の手続きを、
何通も何箇所も行わなくてはならないのか、理解でいない。


それを女性に要求するならば、男性も同じでなくてはおかしい。
家に執着するならば、女性も自分の家に執着してもおかしくない。
継ぐというならば、その意味では女性も男性も同じ。
命を繋ぐというならば、女性をいまだに「借り腹」で考えるのはやめてほしい。
私は真剣に、パスポートにはミドルネームに旧姓を入れたい。
判子は旧姓を使えないというのならば、一生変わる事の無い名前で作る。
仕事は旧姓のまま。姓が変われば仕事上、支障が出る事はあっても
何ら得する事は無いから。


公の書類と見て、旧知の人の中には私が独身だと思う人も多い。
本当に親しい人は、私が旧姓で仕事をしていることを知っている。
私は隠れ別姓結婚派なのだ。法律が通らなかったので、
子供の法的な権利を十分保障してやるために、籍を確保したものの。
娘を授かったことで、娘がたった一人のために、
家人は私の親や私自身の悩みを多少は感じるようになるかと思いきや、
「女は嫁いでその家の人間になるものだ」と断言。
ある意味それば間違いではないが、その家の人間になるのではなくて、
「家」はお互いが納得して作っていくものだとは思っていない所が悲しい。


だから、私は判子を使い分ける。名前を使い分ける。不本意ながら。
一人っ子の元同僚が結婚した際に名前の判子を作り、結婚前に、
私的財産を全て書類上整理したうえで結婚したのを見ている。
そこまで凄まじく潔癖にした上で、苗字を変えて入籍。
書類上頻繁に用いる判子を名前で作っていた。
仮に、分かれても何があっても次の判子は作らぬと言って。
軟弱な私はペンネームのように判子を使い分けるが。


付箋つきの書類は、女性名に名前の判子を使っていただけ。
自分の署名に自分の名前の判子を使っていただけ。
自著に自分の名前の判を押しただけで、付箋つきにするのはおかしい。
これは必要ないと申し立てても、上司は見たことが無いからおかしいという。
女性の先輩も、「こんな名前の判子を押してくる人、おかしいわ」と笑う。
「世間知らずよね」そんな反応まで返ってくる。
土産物屋で売っている「子供用の平仮名名前のはんこ」ではないのに。


今更ながらではあるが、世間が自分の書類をどう扱うかを体験。
そして、周囲の反応を見て私は自分がこういう反応を恐れて、
判子を使い分けて来た過去を振り返り、忸怩とした思いに駆られた。
堂々と自分の名前を捺印してきた見知らぬ女性に、親近感と尊敬。
色んな事情があって、苗字の問題に振り回される女性の一生。
そういう思いをしなくても当たり前として育てられる男性の一生。
おかしいとは思いませんか?


私はジェンダーの戦士でもないし、
急進的な思想を持って生きているわけではないけれど、
「女の君が名前を変えるのは当たり前だ」と言われたことに傷つく。
母の実家は男性のみが残り、結婚はしたけれど子供はいない。
誰がその名前を継ぐのだろう。その財産を、その歴史を。
これが江戸時代なら養子を取るのだろうけれど。
そして私の実家は、女の子しかいないから消えて当然?
養子縁組が出来なければ、血筋も名前も苗字も消えて当然?
そう頭から言われること自体、納得できない。
それが私です。


世間には色んな考え方がある。
でも結婚したら女性が苗字を変えるのが当たり前、
そういう古めかしい考え方で娘を育てたりはしない。
韓国も中国も、女性は旧姓を持っているのに何故日本は持っていないのか。
日本の家制度はどうだったのか、男性も当たり前のように名前を変えていた、
養子を取っていた、仕事や身分で名前を変えるのに抵抗がなかった、
そういう過去の歴史を教えずに、女性の側が結婚で名前を変えるのは当たり前。
そんな教え方や育て方はしたくない。


幸田露伴の家系でさえ、娘のみ。娘が嫁いだあとできた子供(孫)が、
おじいちゃんの家を継いでもいいよ、せっかくの名前を残したいし、
と申し出てくれた時に、嬉しかったという話を読んだことがある。
(間違った記憶だったらごめんなさい)
先輩は息子二人を育て上げたのに、長男の恋愛相手が一人娘で
養子にやってしまって悔やんでいると悩んでいた。
せっかく長男に生まれてきて、そのように育てたのにと。
聡明な先輩がこの件だけは、親として納得できないようだった。
相手と立場が逆であれば、どうなのだろうか。


娘よ、たかが判子されど判子。仕事の合間、君の事を思う。
そして、かーちゃんの曖昧な生き方の不甲斐なさに涙する。
娘よ、君に残せるのは何だろう。かーちゃんの意地なのか。
とーちゃんの苛立ちなのか。
かーちゃんの大学時代の専門は、万葉集
女性は自分の家、自分の財産、自分の名前を捨てたりはしない時代。
嫁いでも、自分は自分。母系社会だった。


娘よ。君は自分とかーちゃんが違う苗字でも抵抗なく育った。
娘よ。君は戸籍の何たるかをまだ知らない。
娘よ。君はかーちゃんが何に傷ついているか知らない。
娘よ。君の名前は誰にも読み間違えられることのない付け方をした。
娘よ。家族は苗字ではなく、何で繋がっているのか。
   苗字で繋がるものもあれば、
   継ぐことができないものもあるということを知っておいて欲しい。


枳殻(からたち)の台に蜜柑の木を継ぐように、君を育てているのかもしれない。
何があるかわからない時代だから、先祖返りの棘を隠し持て、娘よ。
甘いだけの蜜柑になるな、娘よ。
「当たり前」という言葉に流されるな、娘よ。
そう、仕事の合間に呼びかけながら自分に発破をかける。


上司が後で謝りに来た。「認識不足でした、付箋はいりません」
そうでしょうとも。自分の名前に自分の判子。
苗字だけが、名前ではありませんもの。
苗字だけが、判子ではない時代ですから。

夫婦別姓の婚姻届が出されたら (自治体職員のための政策法務入門 2 市民課の巻)

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少子社会日本―もうひとつの格差のゆくえ (岩波新書)

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