Festina Lente2

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父の誕生日

職場へ出向くと朝から賑やか。
昨年やって来た新人たちがミニ「お誕生日会」
プレゼントを渡して、ケーキなんぞテーブルに飾っている。
まあ、こういう楽しみもないと仕事に潤いも張り合いも無いか。
それにしても、終業後ではなくて朝っぱらからせんでもいいだろう。
そんな風に思ってしまう私は古い人間なんでしょうね。
誰だって朝からお誕生日おめでとうを言われたほうが嬉しい。
後から気が付いてましたよ、聞きましたよって感じで言われるより、
自分のことを気にかけていてくれたんだ、
気遣っていてくれたんだって思える方が嬉しいに決まっている。


それにしても、職場が若返るというか何と言うか、
転勤・新任、同期で来た人間はそれなりに連帯感があったり、
変にライバル意識を持ったり、微妙な年齢差で上下関係もできたり、
色々気を使いながら、それぞれが職場に溶け込んでいく。
はたで見ているとそれがかつての自分たちを思い出させ、
初々しい気持ちになるときもあれば、?の嵐だったり、
まあ、色々あるわけで・・・。


転勤に転勤を重ねると、経路は異なれど何度目かの顔合わせ、
追っかけるように入れ替わり立ち替わりで顔合わせ、
初めて会う人も誰それの何々だったり、以前どこそこでご一緒だったり。
業界の中だけでのお付き合いで、根も葉もない噂が飛んでいたり、
その流言飛語が的を得ていたりいなかったり、
自分の目で確かめ見聞きすることで情報を訂正し、
常に軌道修正を図りつつ、職場内のバランスは保たれていく。


なのに、自分の家の中は、家族身内のことは案外情報不足。
新年度新学期に気をとられて、娘のことはあれこれ聞くものの、
親は? えーと自分の親のことは後回しになりがち。
皆様にご心配をおかけしたものの、老母の骨折も順調に直りつつあり、
老父は謡の稽古に出かけたり、確定申告をしたり、
母の代わりに買い物・庭の手入れなどして毎日を。
私がしょっちゅう母に付き添えない分、父が母の通院の足。
達者で何よりの昭和一桁の男。


・・・今日は父の誕生日だった。
謡の会や練習が云々と言っていたので、参考になればと
先月早めにCDをプレゼントしておいたけれど、
今日が誕生日だった。ああ、何も用意していなかった。
こういう日に限って、用事があって帰宅は遅いし、
ケーキを買ってあげることも叶わず、電話を掛けるのも。
しまった・・・。

半戦中派―昭和一桁生まれの青春期

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能の物語 (講談社文芸文庫)

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父・こんなこと (新潮文庫)

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昭和一桁の男としては、おしゃべりだが肝心なことは言わない。
照れるくせに怒りっぽい。決して泣いたりしない。
肺に影が映っても、煙草をやめる気配も無い。
若い頃に胃を半分は取っているのに、酒をやめることも無く来た。
恵まれた体力と気力で、過酷な出世競争やいじめ、オイルショック
リストラされようが、転職しようが、70を過ぎても働き続けてきた父が、
リタイヤして家にいるようになってから、何故か母が呆けてしまった。


のんびりできると思ったはずの父の人生は、
家に入ったとたんに母の杖、母の足となって通院・買い物、
その合間に近所付き合いをこなし、孫の小学校に出向いて
田植えや稲刈り、注連縄指導を行い、やる気満々。
老犬の散歩に行き、庭に水を撒き、日に3度飲み、
悠々自適というのは人それぞれだろうが、忙しく過ごしている。


ただし、私とはすれ違いになることも多く、
じっくり話をすることも無く、こんな年まで来てしまった。
一緒に食事をしようにも、一人で新聞を読みながら食べる派。
「向こうで食え」と追い払われてしまう。
仕事人間で来たから、家の中では一人でのんびりしたいのだろうか。
単身赴任も長く、背広で家から通勤するようになって、
一緒に食事を取ることが増えても、「一人で飲みたい派」
「一人でくつろぎたい派」「一人で出かける派」の父。


そんな彼が、一緒に旅行でもしようと思い立った時には、
連れ合いはすっかり引きこもり、それまでだって積極的に
外に出て行くタイプではなかったが、草木とお話しするだけに。
こういう両親を見ていると、今体が動くうちに一緒にどこかに
出かけたり食べたり泣いたり笑ったりしておかないとと、
家人と娘に対して心する私だけれど、
自分が「親の娘」としてどう接してきたかと問われると、
赤面の至り、申し訳ないの言葉さえ消え入りそうなくらい恥ずかしい。


母が3月末、父が4月半ば、私が来週なので春生まれの多い我が家。
一緒くたにしてちょっと豪華なお食事会で済ませてきた数年だが、
最近は母が動かないので、父も歩いていける所しかいかない。
(そんな店、どこにあるのだ? って感じ)
都会の田舎、田舎の都会なので車で10分少々も走れば、
こじゃれた店も無いではないが、出かけるのが億劫。
食欲も落ちてきている。好物を作って貰うのが、一番いいらしい。


両親と一緒に食事を取ろうと、食事の用意をすると何故か父は、
書斎に引きこもり、「今調べもの中」「後からすぐ行く」
おしゃべりしながら賑やかに食事というのが、そんなに苦手?
恥ずかしいのか照れ屋なのか、孫や娘夫婦と顔を合わせると、
何かと気を遣って疲れるのか、出てこない。
母に引き続いて、父も? 
「好きにさせておいてくれ」「静かにしておいてくれ」
・・・私たちって、そんなにうるさくて鬱陶しい?


気持ちのすれ違いが大きくてお互いがお互いに感謝しているのに、
しっくりこないまま年月が積み重なっていく。
孫娘はうるさいだけの子ではなく、少しずつ難しい年齢になってきており、
私の怒声も増えたかもしれない。一緒にいると何かとわずらわしいのかも。
幼少時のように、かわいいかわいいだけで会話が弾む年でもない。
父は父のテリトリーを侵略されているような気持ちになるのかも。


母の骨折時、父は自分で母を病院に連れて行くことができなかった。
その後、父は楽しみにしていた旅行をキャンセルし、風邪が長引き、
少々老け込んで怒りっぽくなった。顔を合わせても会話が無い。
静かにしておいて欲しい。もしくは、・・・?
先月新しいパソコンを買ったりプリンターを買ったりしたのに、
使う様子も無く古いほうに向かっている。


何となく気まずく、そんな疎遠な気持ちから食事も行かないみたいで
せめてプレゼントだけと謡のCDだけ手渡していたものの、
「お誕生日おめでとう」の一声を掛けずにこの日を終わらせては・・・。
夜、21時半、やっと声を掛けることができると
「誰も覚えていてくれないんだ、俺の誕生日」とぼやいている。
それは・・・お母さんは覚えていないよ。
自分でショートケーキを買ってきたよう。やれやれ。


頑固で素直になれない父。でも、私は母にも父にも似ている。
そんな性格は母にも父にも似ている。
仕事に対するこだわりも、妙に遠慮してしまうところも、
変に強く出るところも、自分の世界に執着するところも。
どちらにも似ている。当たり前だけれど似ている。


お父さん、お誕生日おめでとう。
忘れてしまっていたわけではないんです。
こんな娘でごめん。
親孝行らしい親孝行もできなくて。
いつまでも長生きしてね。

観世流二十五世宗家観世元正監修 観世流謡曲名曲撰(1)鶴亀/吉野天人/紅葉狩

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観世流謡曲名曲集

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ビジネスマンの父より娘への25通の手紙 (新潮文庫)

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