その指が紡ぐ音 ゆかし
今朝の新聞の記事を見て、やっとほっとしたような、
ちょっとした落とし所を得て、納得できたような。
というのも、盲目のピアニストのコメントに、
「もし一日だけ目が見えるとしたら、両親の顔が見てみたい」とあったから。
そう、そうなのだ。華やかな快挙のニュースを聞きながら、
ずっと私の心の中にあったものは。
親御さんはどのような思いだったか。
まずそんなふうに思ってしまった。考えてしまった。
このニュースを聞いた時から。
若干二十歳の盲目の息子が、世界中から歓呼の声をもって迎えられる。
その鮮やかな「神の指」とも見まごう指先からで奏でられる、
天上の音色と称されたピアノ。
演奏を聴いた人は、音が空から降って来るようだという。
その音、天賦の才能を自らの努力で磨き上げたピアニストを、
陰になり日向になり育て上げた両親の思いは、如何ばかりか。
そんなふうに親の側に立って物事を考えるようになってしまった。
これが、年をとったということか。
人の子の親になったということか。
自分自身の心の変化。
我ながら呆れてしまう。でもずっと気になっていた。
新聞の記事の表に出てこないご両親。
最難関といわれる「第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール」
日本人初の優勝を果たした全盲のピアニスト、辻井伸行氏。
凱旋記念公演云々よりも、私の心を揺さぶったのは、
二十歳の青年の望み。叶えられることの無い望みだからこそ、
その心の目で見、耳で覚えたメロディの奏でられる世界に、
やっと触れて見たいと思う。今やっと。
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二十歳の若いピアニストの輝ける未来よりも、
今まで歩いてきた道のりと、その側に共に歩いてきた両親の、
親御さんの気持ちを思う。
それぞれに自分の仕事を持ちながら、子育てをしただろうに。
めしいの我が子が神話の世界の如く、
「音楽の才 愛でられし故に神の手が両の眼(まなこ)をふさぐ」
恩恵とは、受け入れ難い日々だっただろうに。
未来よりも過去のことを気にするのは年齢のせいか。
この前向きな姿勢を育てたのは、やはりご両親の愛情と薫陶の賜物。
優しさだけでは通じないその世界に、厳しさだけでは辛すぎる境遇に、
恨むことなく僻むことなく自分の音楽を求め続ける心を育てた、
親御さんのことを思うと、自分はどうだと卑下することなく、
素直に心洗われるような素晴らしいニュースに、
話題沸騰の凱旋公演の噂。
そんな中で、人々の賞賛とピアノの響きの中で、
一瞬でも両親の顔を見たいだろうにとちらりと思う。
誰もが、望んでも得られない物があるように、
当たり前のことのように見えて、できないことがあるからこそ、
人の心は熱くもなり、冷たくもなる。
寂しくも、悲しくも、嬉しくも、楽しくもなる。
天上の音楽は耳で聞くもの。
それ故の哀しみを思い、職場の夕暮れ、
袋小路の螺旋階段、立て込んだ仕事をどうするか、
思案に暮れながら、日本のミツバチ、働き蜂職人に戻る。
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