Festina Lente2

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樹冠が閉じていく

樹冠(じゅかん=tree crown)という言葉をご存知だろうか。
今日の読売新聞夕刊で「樹冠閉じ狩できず」という記事を見かけた。
老いた森は「樹冠が閉じる」のだそうだ。
http://www.yomiuri.co.jp/eco/mori/mori090903_01.htm


樹冠が閉じると、イヌワシの繁殖率が落ちる。
生態系の頂点にいるイヌワシが狩をしようと思っても、
森に急降下的ないので小動物を捕らえられない。
捕食できなければ当然イヌワシは繁殖できない。
狩に適しているのは樹齢10年以下の針葉樹の森。


しかし林業が振るわない昨今、伐採が先送りされて森の木は高齢化。
高齢林が増えると生態系まで変化。
人間だけではなくて、森まで高齢化か。
参ったなあ。年輪を重ねるという比喩はいい意味に使うのに、
森そのものは高齢化するとよくないわけか。
樹齢うん十年うん百年の巨木大木はちょっとしたブームだが、
現実は手入れが行き届かない森が増え、樹木を切らずに、
立ったまま枯らす「巻き枯らし間伐」の森も増えているのだとか。


生殺し、生きたままじわじわと枯らしていく為に、
樹皮をぐるりと剥ぎ取り、光合成による養分が根に行かないようにする。
なかなかぞっとする光景だ。新聞の写真だけではぴんと来ないが、
樹木の墓場のような景色だという。
何だかリハビリ期間を認められず機械的な日数で病院を追い出され、
急速に弱ることを強いられているお年寄りを作っている、
わが国の医療改悪と似ているじゃないか。


高齢化社会樹冠が閉じた日本の現状、高齢林の樹冠が閉じた、
動物の生態系が崩れてきている自然。似なくてもいいのに・・・。
何だか小しか少子化と騒ぐばかりで、実際は風通しも悪く日も差さない、
澄んだ水も肥料も人手も足りない子育て、人育て、
教育の現場と似ているような気がする。
イヌワシが狩ができなくなってしまったように、
子供たちも外では遊べない。自由に動き回ることができない。

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樹冠が閉じている。言い得て妙な表現。
感受性が閉じている、今の若者。
樹冠が閉じている、一方的に老いて行くのを見過ごされ、見放され。
感受性も閉ざされたまま、一方的に引きこもり、絶望し、嫌気が差し、
生きているのが難しいと感じるようになってしまう。


生物が好む森はさまざま。
若い森もあれば老いた森もある。そんな混合林であればまだしも、
若いか老いているか、選別することがいいことだと思っている。
それはおかしい。多様性というならば、老いも若きも同時に、
若い森を好む鳥、老いた森を好む鳥、それぞれの世界を。
それぞれの生き方を。


自然は人間社会の鏡だったり、縮図だったり。
人間が生きていることで様々な影響を自然に及ぼす。
きちんと森の手入れをすれば、いい点もある。
人間本意の使い方をすれば、森の生態系は壊れる。
単純に列状間伐を行って、森に隙間を作ればいいというものではない。


色んな人がいて、様々な生活、生き方。
森も、若い森も老いた森も必要。
老人ばっかりの世の中は困る。森も。
子供や若者だけが住みやすい世の中では困る。森も。
極端に偏ったバランスの取れない世界は、
次の世代を育てることができない。
人も自然も、そのバランスを失ってしまうと、
次の時代を迎えることができない。


樹冠。人間は、樹冠に当たるものを持っているか。
人の体を幹に譬える事はあっても、樹冠とは。
ああ、バウムテストならば多様な解釈をするかもしれないね。
樹冠が閉じる」この言葉を見た瞬間、頑なな人間のイメージ。
引き籠もり、奢り高ぶり周囲を全く省みないイメージ。
人の心が鬱屈うっそうと茂った中で、固まっていくイメージ。


そこには外から誰も入れない。
コミュニケーションできない。
風通しも悪く、日当たりも悪い。
何だか血の巡りの悪い、どんよりしたイメージ。
閉じた樹冠、閉じた心。
自分だけの世界の中で立ち枯れていく、そんな感じ。


イヌワシは生きていけない。
ほかの鳥は生きられるかもしれないけれど。
そんなふうに閉じた社会、閉ざされた地域、閉じてしまった家庭、
出口が見つからない世界の中で、淀み滞り、成長することができない、
そういう人がきっといるに違いない。
そういう国が、そういう世界が。


ああ、何だか胸がチクチクする。
樹齢50年を超える高齢林、ああ、まるで自分のよう。
これからどんどん増えていくそうな。
生物の多様性を育む森の確保が難しくなるそうな。
森も人も、少子化か。
未来へ繋ぐ子どもがどんどん減っていく。
イヌワシに限らず。


高齢化していく人工林、高齢林。
手入れの行き届かぬ立ち枯れの森。
なかなか強烈なイメージが付きまとって、離れない。
樹冠が閉じていく。
哀しい。

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