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井上ひさしの訃報を聞いて

4回目のスポーツクラブを終えて帰宅。
夕刊を広げると井上ひさし氏の訃報。
ショックだ。
子どもの頃の番組、『ひょっこりひょうたん島』を初めとして、
『ネコジャラ市の11人』などなど。何よりも、青春もの、
戦争を題材に扱った劇作品、
笑いと皮肉とユーモアに満ち満ちた作品群。
『ナイン』『握手』に代表されるような、エッセイに近い小説。
とにもかくにも博学で、言葉の森を開拓し耕すような作品を手がけたその人が、
もう新しい作品を生み出さないのだということに、ショックを受ける。
親の世代が何時までも元気でいるような錯覚をしているだけに、何だか夢のようだ。

本の運命

本の運命

ナイン (講談社文庫)

ナイン (講談社文庫)


私の心の中では、というか、文章を読む限りでは尊敬できる作家だった。
吉里吉里人』での幕末から明治を俯瞰するような国語の世界、方言の世界。
道元という宗教人を縦横無尽に揶揄する形で、ミュージカルタッチに。
或いは、貧乏なうちの健気な次女から見た女流作家である姉。
幽霊となった父が見守る被爆者の娘の恋愛、
様々な物語が通り過ぎる、かつての楽しかった日々を繰り返し奏でる、
オデオン座のレコードのように。

きらめく星座ー昭和オデオン堂物語ー [DVD]

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頭痛肩こり樋口一葉

頭痛肩こり樋口一葉


遅筆堂と称した彼は、遅筆ではなく永遠に筆を折った。
けれど、無条件に井上ひさしを尊敬していた頃はもう遠い。
彼の離婚後、子どもの頃のまなざしのままで「彼」を見ることは出来なくなった。

わが蒸発始末記―エッセイ選 (中公文庫)

わが蒸発始末記―エッセイ選 (中公文庫)



別れた妻がワイドショー番組のような場で、瀬戸内寂朝と対談。
そして、寂朝から着物を贈られていた。
袖を通していた彼女に似合っていた、誂えたような着物。
なぜ、この着物を寂朝はプレゼントしたのだろう。
この二人は何処で通じ合って話をしているのだろう。
そんな疑問が通り過ぎた、あの番組から何年経った?


演劇の世界を盛り立てて来た二人が別れ、別々の座を作る。
そうまでして自分のポリシーを、世界を作る?
しばらくしてどちらも再婚したようだが、
すったもんだやドロドロが嫌いな私は、
噂やスキャンダルは耳にしないようにしていた。
でも、人間のすることは神様のすることではない。
人間のすることは、愚かしくて舞台よりも面白おかしく、
哀し過ぎる、切なくて残酷過ぎる。

修羅の棲む家―作家は直木賞を受賞してからさらに酷く妻を殴りだした

修羅の棲む家―作家は直木賞を受賞してからさらに酷く妻を殴りだした


自分が色んな相談を耳にするようになっても、
彼がそんな人間だとは知らなかっただけに、
人物が一致しなかった。才能と人間性は一致しなかった。
完璧な人間なんていやしない。
でも、作品世界の中で自由自在に登場人物を操った人は、
自分の家族を大切に出来なかった人だった。
例えば→


なんて哀しい。人に語る事のできないほどの生い立ちや生活が、
彼を反動的な暗いコンプレックスを別の形に変えたのか?
編集者の間では暗黙の了解だったという家庭内暴力
それが嵐のように迫力を持つ舞台の原動力?
遅筆と言われながらも傑作を生み出してきた陰の力?

モッキンポット師の後始末 (講談社文庫)

モッキンポット師の後始末 (講談社文庫)

父と暮せば (新潮文庫)

父と暮せば (新潮文庫)


あれこれ詮索するのは無意味だろうが、
何故着物を贈ったのか、贈られたのか、その意味を計りかねた昔。
今なら少しだけわかるような気がする。
それにしても、人間は愛するものを傷つけてそれを糧にし、
自分を保つような事を平気でする事が出来る。
そのことで生きながらえようとする。

 

国語元年 (中公文庫)

国語元年 (中公文庫)


数々の作品に込められたユーモアや笑い、明るさは、
別の観点、読者受けするための観客に見せるための、
計算された巧みな演出に支えられた出版物であり、舞台だった。
TV番組草創期から第一線で走り続けてきた人は、
親の世代の彼は、自分の影と光を織り交ぜ続けてきた。
そして逝った。
その死を悼む、かつての文学少女の私。
その死を複雑な思いで受け止める、今の私。

井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室 (新潮文庫)

井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室 (新潮文庫)

自家製 文章読本 (新潮文庫)

自家製 文章読本 (新潮文庫)