井上ひさしの訃報を聞いて
4回目のスポーツクラブを終えて帰宅。
夕刊を広げると井上ひさし氏の訃報。
ショックだ。
子どもの頃の番組、『ひょっこりひょうたん島』を初めとして、
『ネコジャラ市の11人』などなど。何よりも、青春もの、
戦争を題材に扱った劇作品、
笑いと皮肉とユーモアに満ち満ちた作品群。
『ナイン』『握手』に代表されるような、エッセイに近い小説。
とにもかくにも博学で、言葉の森を開拓し耕すような作品を手がけたその人が、
もう新しい作品を生み出さないのだということに、ショックを受ける。
親の世代が何時までも元気でいるような錯覚をしているだけに、何だか夢のようだ。
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私の心の中では、というか、文章を読む限りでは尊敬できる作家だった。
『吉里吉里人』での幕末から明治を俯瞰するような国語の世界、方言の世界。
道元という宗教人を縦横無尽に揶揄する形で、ミュージカルタッチに。
或いは、貧乏なうちの健気な次女から見た女流作家である姉。
幽霊となった父が見守る被爆者の娘の恋愛、
様々な物語が通り過ぎる、かつての楽しかった日々を繰り返し奏でる、
オデオン座のレコードのように。
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遅筆堂と称した彼は、遅筆ではなく永遠に筆を折った。
けれど、無条件に井上ひさしを尊敬していた頃はもう遠い。
彼の離婚後、子どもの頃のまなざしのままで「彼」を見ることは出来なくなった。
汚点・春は夜汽車の窓から (21世紀版・少年少女日本文学館20)
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別れた妻がワイドショー番組のような場で、瀬戸内寂朝と対談。
そして、寂朝から着物を贈られていた。
袖を通していた彼女に似合っていた、誂えたような着物。
なぜ、この着物を寂朝はプレゼントしたのだろう。
この二人は何処で通じ合って話をしているのだろう。
そんな疑問が通り過ぎた、あの番組から何年経った?
演劇の世界を盛り立てて来た二人が別れ、別々の座を作る。
そうまでして自分のポリシーを、世界を作る?
しばらくしてどちらも再婚したようだが、
すったもんだやドロドロが嫌いな私は、
噂やスキャンダルは耳にしないようにしていた。
でも、人間のすることは神様のすることではない。
人間のすることは、愚かしくて舞台よりも面白おかしく、
哀し過ぎる、切なくて残酷過ぎる。
修羅の棲む家―作家は直木賞を受賞してからさらに酷く妻を殴りだした
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自分が色んな相談を耳にするようになっても、
彼がそんな人間だとは知らなかっただけに、
人物が一致しなかった。才能と人間性は一致しなかった。
完璧な人間なんていやしない。
でも、作品世界の中で自由自在に登場人物を操った人は、
自分の家族を大切に出来なかった人だった。
例えば→
なんて哀しい。人に語る事のできないほどの生い立ちや生活が、
彼を反動的な暗いコンプレックスを別の形に変えたのか?
編集者の間では暗黙の了解だったという家庭内暴力。
それが嵐のように迫力を持つ舞台の原動力?
遅筆と言われながらも傑作を生み出してきた陰の力?
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あれこれ詮索するのは無意味だろうが、
何故着物を贈ったのか、贈られたのか、その意味を計りかねた昔。
今なら少しだけわかるような気がする。
それにしても、人間は愛するものを傷つけてそれを糧にし、
自分を保つような事を平気でする事が出来る。
そのことで生きながらえようとする。
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数々の作品に込められたユーモアや笑い、明るさは、
別の観点、読者受けするための観客に見せるための、
計算された巧みな演出に支えられた出版物であり、舞台だった。
TV番組草創期から第一線で走り続けてきた人は、
親の世代の彼は、自分の影と光を織り交ぜ続けてきた。
そして逝った。
その死を悼む、かつての文学少女の私。
その死を複雑な思いで受け止める、今の私。
- 作者: 井上ひさし,文学の蔵
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