Festina Lente2

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母の日の衣更え 

母の日。何の予定も無く昨日に引き続き、家事に明け暮れる。
雨が多い今年の春、晴れ間は貴重な家のメンテナンス日。
実家の父は「竹の秋」による竹葉の始末に追われている。
何しろ家の樋がみんな竹の葉で埋まってしまい、
雨天時に使い物にならなくなってしまうから。


筍の記事でも書いたが、管理行き届かぬ竹林はとんでもない存在だ。
自分の土地でもなんでもないが、野放図に伸びてきた竹の根は、
我が家の土台を侵食するだけではなく、竹林が次第に移動し、
同時に竹の葉が降り注ぎ、庭や家庭菜園は一面覆われてしまう。
掃除も馬鹿にならない。
田舎の都会、都会の田舎で暮らしていくのは落とし穴が一杯。
自然が適当に残っていていいわねえ、というものではない。


こちらは、掃除・洗濯・衣替え大物洗いに追われている。
冬物の毛布やシーツ、毛糸のセーター、厚手のトレーナーや上着
4度も洗濯機を回し、8竿も使って干しもの三昧。
満艦飾と言えば格好がいい?が、平日何も出来ないのとと雨天のツケが大きい。
乾燥機は好きではないが、よほどの事が無い限り使わない。
(というか、乾燥機のある店まで出向かない)
日向臭い匂いを嗅ぎながら洗濯物を取り込むのを信条としている。


さて、毎度毎度の衣更えで悩む。娘の体もどんどん大きくなり、
しみじみするどころか、驚くことが増えてきた。
何しろ、こんなに大きくなってしまったのかと嬉しいような哀しいような。
小さい頃の服と見比べて唖然、自分達が頂いて来たように
人様に差し上げられるものをとあれこれ選ぶ。
せっかくいい素材のものも、余り着せずに終わってしまったという服も少なくない。


とにかく、予想外に大きくなってしまったという気がする。
当たり前の健やかな成長を続けている娘には失礼な話だが、
心の中でいつまでも子どもの、それも小さい時のイメージが先行しているだけに、
親の欲目で「まだまだ小さい吾が子」と思っていても、
夏休みが過ぎて誕生日を迎えれば、11歳。数えで12歳。
昔々ならば、嫁ぎ先を考えてもおかしくない歳。
働きに出てもおかしくない年齢。


もしも大学から家を出るならば、あと10年も一緒に暮らさない勘定。
そう思うと思い込みの激しい取り越し苦労のかーちゃんは、
胸が締め付けられるような思いで服を整理することに。
あれも着せたい、これも着せてやればよかった、あの服はあげたくない、
手元に取っておきたいと、あれこれ考えてしまう。
全くもってみみっちく、他愛なく、センチメンタル。


幼稚園から高校まで制服で育ち、余り私服も持たず、
それほど思い入れのある服などもあまり無く、
御下がりとして人に譲ってしまい、
手元に残っている服など殆どありはしない。
おそらく娘もそれほど執着しないだろう。
母親の自分は娘の幼い頃の面差しと服がリンク。
ついつい当時の思い出に重ね合わせてしまうので、
やたらと「もの」に執着してしまう。何という引きずり方。
何という煩悩。

聞き書き 着物と日本人―つくる技、着る技 (平凡社新書)

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とある事件に巻き込まれ、幼い命が散ったニュース。
「10年近くたっても、その時の制服をクリーニングに出さずにとってあります」
等という発言を耳にしたりする。さもありなん、さもありなん。
滅多やたら、自分に引き寄せ意味不明に近いほどの感情移入をしてしまい、
一つ服を取り出しては溜息、思い出しては笑い。
なかなか片づけははかどらない。


とうとう娘に試着させ、事業仕分けならぬ、娘の仕分け、
娘の手伝いに頼ることに。娘が譲る、人様に差し上げる、
知り合いの女の子に上げるというものを、
母親の自分が難色を示すのも可笑しな話。
よって、後腐れないように、仕分け作業に参加させることにした。
情け無いかーちゃんだと笑わないで欲しい。
年を取ってから授かった最初で最後の一人っ子に、
本人の負担になるほどの思い入れを持ってしまう愚かな親心を。


服は流行り廃りはあれど、女の子の服はTPOに合わせて枚数も要る。
汚れても構わない普段着の遊び着、ちょっとしたよそ行き。
着せ替え人形ではないが、自分にできなかった事をしてしまうのが親心。
(自分がして貰いたかったことと言うべきか)
自分の知らない装いには抵抗があるのでできないのだが、
人様から頂くと、装いにも幅が増える。バリエーションも覚える。


頭の古くて固い「因循姑息」とまで行かなくとも、
親のセンスではなく、子どもの世代の感覚に合わせくてはと思いつつ、
最近の流行に決して同調できない部分が頑としてある。
娘は私服通学の公立小学校で浮いてはいないだろうかと
心配しつつも仕分け作業と衣替えは進んでいく。
自分のものはあっさり終わるのに、娘のものは・・・次週持込しのお片づけペース。
こんなかーちゃんの土曜日・日曜日が過ぎていく。


母の日。娘と二人だけで遅めのランチ兼晩御飯。
5年生の晩春はこんなふうに過ぎていく。
娘よ娘よ、母は自分の親とこんなふうに過ごした時間を持たなかった。
君は心のどこかに仕舞って大人になってくれるだろうか。

大人になるということ。

大人になるということ。

わたしの普段着 (新潮文庫)

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