娘は早乙女
小学校5年生の体験授業。田植えの実習日。
朝から誰よりも張り切っているのは老父だ。
孫娘と一緒に田植えしたいばかりに、
孫が入学と同時にボランティアをかってで、
それ以来5年間、まさに老骨に鞭打って頑張ってきた。
草取り、稲刈り、餅つき、そして年末の注連縄と草鞋作り。
昭和一桁の父は義理堅い。
孫が参加する時だけ顔を出したのでは、地域に申し訳ないと、
5年がかりでのこの日の準備。年老いていく身の張り合いと、
孫の成長をひたすら楽しみにし、他の子供たちと触れ合い、
地域の自分より若い同年代の祖父祖母世代と触れ合い、
熱心に取り組んできた。その念願の日が今日。
娘達はというと、汚れてもいい靴下、Tシャツ、中には水着を着て、
軍手をして準備万端。古(いにしえ)の早乙女のあでやかな風情には程遠いが、
それでも、をのこをとめの群れ集う早苗取る小学校行事に
田の神様も満足なさったに違いない。土地神様も祝福して下さったことだろう。
そして、孫と共に、田植えについて説明し、手本を示し、共に過ごした時間、
老父にとっては、忘れることのできない輝かしい一日になったに違いない。
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孫自慢、ひとしきり聞かせてくれた。
誰よりも上手に植えていた、まっすぐしっかり植えることができたと。
さすが俺の孫だと子供のようにはしゃぐ老父の喜ぶ笑顔。
たった一人の孫娘のために、色々と心砕いて頂き申し訳ない。
私が幼い頃から思春期にかけて、海外出張も含め単身赴任の連続、
母も辛かったろうが、父も寂しかっただろうと、この年にして思う。
誰よりも自分の子供の成長を身近に見たかっただろうに、それも叶わず、
オイルショック後は、ぼろきれのように会社から放り出された。
東北の田舎から出てきて都会で就職した企業戦は、
不本意な転職を重ねて、年老いて今、孫の成長を楽しみにしながら、
過保護と言われても送り迎えを楽しみにし、家庭菜園で野菜を作り、
持って行け持って行けと、季節の恵みを惜しげもなく渡してくれる。
その孫娘は早苗取る乙女と成長し、賑やかに喋り捲り、
「ちゃんと洗濯したよ」と言ったものの、その後、水着は洗い忘れて、
自室に置きっぱなしになっていたことが判明。やれやれ。
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やはり、田植えに水着は似合わない。
詰めに泥が入ろうとも、軍手も似合わない。
多くの子供たちが泥水の水面に苗を浮かせただけで、
土の中にしっかり埋めることはできなかったという。
田畑が残っている都会の田舎、田舎の都会でさえこうなのだ。
娘よ、我が家の家刀自を継ぐ者よ。
君が田植えの実習を楽しんできてくれて、良かった。
何も経験したことのないかーちゃんは、ある意味羨ましい。
核家族で育って祖父母を知らない今、君はある意味恵まれて、
(ある意味大変ではあるが)様々な経験をして大きくなった。
稲と同じように、この梅雨空の恵みを受けて、
娘よ、成長しておくれ。じいじ、ばあば、とーちゃんかーちゃん、
みんなの期待は重いかもしれないけれど、稲のようにすくすくと。
早乙女の君よ、早乙女の君よ。
君は我が家の家刀自を継ぐ者だ。
長女の長女の長女、早乙女の君よ。
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