Festina Lente2

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たった1匹の蛍輝く

休日出勤続く。
このていたらく。全く持って情け無い。
気落ちして仕事が進まなかっただけでは済まされない、
優先順位に書類仕事を据えなくてはならない時に、
出張が重なる間の悪さ。
遅れを取り戻すというのは本当にしんどいものだ。
人の背中を見ながら走るマラソンのようなもので、
たった一人で仕上げなくてはならない仕事は、
たった一日のためのプロジェクト用だから、
担当者は一人で何もかもしなければならない。
やれやれ。


この二日間、子守兼顔を見せに来てくれた家人は
娘の勉強を見てくれたようだが、
午後の夏期講習を受けるための公開テストなる物が、
どのような結果になったのか定かではない。
自分自身親につきっきりで勉強なんぞ見てもらった記憶もなく、
塾も予備校も無縁で、要領やコツなど知らずに、
不器用に来ただけに、何も言ってやれない。


親子で過ごす時間が少なければ尚更、世間にある物を活用して
多少の知恵を付けさせなければ世渡りはできぬとは思うものの、
知恵どころか、知識習得の段階でのコツレベルではお話ならない。
受験を念頭に据えているだけでは、知識は頭の中を通り過ぎていくだけで、
真の知識の習得にはならない。
親として子どもにどう関わってやればいいのか。


子どもに与えることができたのは、本が好きな気持ち、
読書は楽しい、それだけだ。
算数の文章題も、理科の観察記録も、社会の白地図も苦手な娘に、
「読む」ことの意味を、多様性を、応用力を伝えることができずに、
何の読書力ぞと忸怩たる思い。
その肝心の親が、専門書から遠ざかり、安易な気分転換三昧と来れば、
子を責めることはできぬ。


一を聞いて十を知るというわけではないが、
せめて、二なり三なりを垣間見る、
そんな子どもであって欲しいと思う、
親のささやかな願いをかなえる時間もなく、
一緒に出かけて遊ぶことも見ることも読むことも叶わず、
まるまる二日間仕事に明け暮れて、翌日月曜日にそのままなだれ込む、
こんなスケジュールでは身も心も安まる暇がない。
そんな私の心中を察してか、
偶然は驚きと共に突然のプレゼントを持ってくる。


あ、あそこ光っているよ、見てごらん。
あ、光ってる、本当だ、蛍だ。
蛍だ? こんなところで蛍?
いきなり大声で叫ばれて、ドッキリ。
真っ暗な草むらの中に、何か得体の知れないものでも隠れていたかと思いきや、
指差すほうを見てみれば、ほの青いというか微かな緑色の明かり。


なんと、1匹の源氏蛍が草の上に止まって、点滅中。
近くに清流と言える川などないのに、いったいどこから飛んできたのか。
用水路、それともダム建設廃止が叫ばれているもう少し山手の川?
この近辺に蛍が生息するような川があっただろうか。

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蛍の里―西川祐介写真集

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されど、目の前で燦然!?と輝いているのは、
紛れもないゲンジボタル。大きい。点滅する光そのものが大きい。
でも、かなり弱っているようだ。
草の上で休んでいるのか、全く飛べない。
こんな砂利置き場の片隅の雑草の上で。
今から帰宅しようかという、家人の車の蔭になるかならないかの場所で、
たった一匹、息も絶え絶えに光っている蛍を見つけるなんて、
家のすぐそばで蛍を見ることができるなんて・・・。


偶然は、神様のご褒美だ。驚きと塘に突然のプレゼントがやってくる。
梅雨の合間の晴れたり止んだり。美しく澄んだ川からも遠いこの場所で、
何処より飛び来たるか、ゲンジボタルのただならぬ旅の果て、
今にも命運尽きようかという今際の際の輝きを見せに、
どこにも出かけられず、食事さえもままならぬ夜、
家人を見送りに家族三人で歩いた距離は、借り置きの駐車場ならぬ、
砂利置き場までの距離、たった100メートルにも満たない散歩の果て、
ゲンジボタルはいた。立派な青白い光を放ちつつ、草むらから、
私たちになにがしかのメッセージを送って来た。


さよなら、ホタル。さよなら、ホタルの季節。
昨年、一昨年、ホタルを追って家族旅行した頃が懐かしい。
今年はそんな優雅な時間もなく、体力気力も失せて、
娘は娘の世界で忙しくなりつつあり、家族は単発お手軽な気晴らし。
今年のホタル狩りは泊まることもなく、往復2時間のドライブ。
そんな家族の前に、神々しいまでに光り輝く一つの明かりが、
何と冴え冴えと命を燃やして輝いていることだろうか。


一日の終わり、疲れて果てて何もできぬまま、
家族が再び集まる来週まで、さようならを言うその瞬間、その場で、
何か言いたげに灯っている明かりに、心慰められて、
一日を終える。
そんな今日。


蛍をそっと掌に乗せ、用水路近くの水のある草の上へ運んだ。
この夜、蛍はどうするだろう。
これから、蛍はどうなるだろう。
私達の知らない、静かな生き物の世界を思いながら、夜が更ける。

螢川・泥の河 (新潮文庫)

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ホタルの不思議

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