Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

嗅覚と認知障害

母がおかしいと感じたのは実家の台所の異臭だ。
それも、冷蔵庫の中の。
離れて暮らしていると、ちょっとした生活のことが?
どうしてこんな状態で放って置くのか、気が付いていないのか?
気付かないから気にならないのか、気にならないから病気なのか。
そうなのか、そうなんだ。
わかって愕然としたときのショックが蘇った。


もう何年も前のことだが、今朝のNHKを見ていて蘇った。
母の様子が明らかにおかしい、でもまだ認めたくない、
そんな風に思って悩んだ頃のことを思い出してしまったから。
残念無念、匂いのわからない人間、嗅覚を失っている人間に、
今更アロマは効かない、そんな思いに少々打ちひしがれた今朝。
別にNHKが悪いわけじゃない。たまたま朝の特集で、
認知症には香りが有効なんていう場面があったから。


母の異常。最初は匂いがわからなくなっているだけだと。
年取ってきて? 病気で? 耳鼻咽喉科ではもう今更手遅れで、
ここまで放って置いたら嗅覚は戻らないと言われた。
いつから匂いがわからなくなっていた?
ほんの少し離れて暮らしていただけで、静かに進行?
嗅覚障害が先か、認知障害が先か?
年を取って台所の管理がいい加減に?
料理が億劫で下手になった?
そういう問題じゃなかったんだと、気付かされた時には遅過ぎた。


香りの良い匂いに敏感でなくなった。匂いに注意を払わなくなった。
その時点で早くに気が付けばよかったのだ。
嗅覚の異常は、放置した期間が長ければ長いほど治る率は低くなる。
だから自分も同じように、? 匂いや香りがわからない時点で、
何が原因でとびっくり仰天したあの頃・・・。
その思い出も蘇って来る。


香り、匂いに敏感な自分がある日、生活の中の匂いがわからない、
いつも感じていたのとは異なる、ずっと弱い、或いは別の匂いがする?
何故、どうして、何があった? 
副鼻腔炎に掛かった前後のあの違和感、
あの異臭、体調の悪さと仕事の関係、色んなものが渦巻いて、
憂鬱になったあの頃の記憶が、香りや匂いの話題と共に、
心の中に広がって、ちょっと切ない。


楽しい出来事があった後、急激に現実の生活に戻って、
その感覚の隙間を縫って、感傷的になってしまった隙を突いて、
押し広がるマイナスの感情にちょっと押され気味な自分。

日本の香り (コロナ・ブックス)

日本の香り (コロナ・ブックス)

「におい」と「香り」の正体 (プレイブックスインテリジェンス)

「におい」と「香り」の正体 (プレイブックスインテリジェンス)


最近はアロマグッズなど目新しくも何とも無いのだけれど、
朝からNHKで「和のアロマ」をテーマに特集。
どの局でも朝の番組は、幾分、女性向きの内容が多いような、
そんな気もするのだけれど、アロマの話題は男性にも興味がある昨今。


杉やヒノキ、クロモジやあすなろ、和の香り。
なるほど薫り高いはず。ヒノキ風呂、クロモジの菓子楊枝。
匂い袋、薫香。昔からの生活の知恵。和のハーブ、香り。
更に香りで認知症が改善すると聞き、余計落ち込む。
母は年齢の割りに早くから嗅覚を失った、
そのために認知障害も思いのほか早く進んだのでは?
内気な性格でなかなか出歩かない。そのことも関係?
マイナス要因はどんどん膨らむ。


アロマを活用している施設では、昼用と夜用の香りを分けて、
日々少しずつ効果が見られるとか。
母が寝付けない眠れないと昼夜逆転しかけた頃を思い出す。
幸いにして昼夜逆転の症状は悪化しなかったが、夜中も起きる。
この冬場のトイレは心配。高齢者は朝が早いだけでなく、
夜中もしょっちゅう目を覚ます。トイレに行きたがる。
でも、自分からトイレに起きたがるだけ軽症だと思い直す。


そんなことを考えながら、当人が香りがわからないからと、
アロマを使わず過ごすというのは寂しい。香りは生活の一部だ。
周囲にいる人間がめげないためにも、香りは必要。
自分自身を励ますために、生活の中に香りは必要。
そう自分に言って聞かせて来た当たり前の今までの毎日が、
TVの香りの話題で急にクローズアップされる。


母のこと、匂いのこと、通院、自分が同じように
一時的に嗅覚障害に陥った時のこと。
朝のアロマの話題から、一気に芋づる式に蘇る辛い思い出。
そして今に繋がる苛立ち。
それは、香り立つ爽やかな思い出ではなく、苦々しい苦痛。


かつて実家を離れていた期間、台所、特に冷蔵庫の中が臭うのに、
一向に掃除されていないと訪れる度、しょっちゅう掃除をした。
余りに放置されているので、どうなっているのだと腹立たしかったが、
既にその時、冷蔵庫内の匂いがわからなくなっていた母。
家事は母の仕事だからと手伝わずにいた父。
昭和一桁生まれの両親は動けなくなるまで、病院に行かない。
少々の異常は寝て直せみたいな、医者に行くなんて大袈裟なという人間。


台所の異臭が続き、単に掃除の問題じゃないと
母を病院に連れていった時には、手遅れ。
副鼻腔炎が原因なのか、別の病気が原因なのか、
匂いを感じ取る細胞は殆ど機能していないようなので、
今から治すのは難しいでしょうと近医の診断。
臭わないので綺麗だと思っていたのか、台所?
掃除する気力や、美味しいものを作る関心が薄れている、
そんな母の状態が単なる老化でも、通常のアルツハイマーではなく
脳内の血流低下による認知障害だと知った時には手遅れ。


外出やお金の勘定ができなくなり、妙にひがんだり怒りっぽくなる。
「親」という権力をやたら誇示・行使したがる時もあれば、
都合の悪いことは、みんな知らないわからないで過ごす。
いわゆる「ボケてきた」といってもまだらボケで、
他人から見ると全く正常、どこも悪いところなど無いように見える。
でも、割れたり欠けたりしてもおかしくないような状態で、
不安定に物を重ねても平気、
洗っているのかいないのかわからない汚れた食器でも平気、
料理とそぐわないちぐはぐな器に食べ物を盛っても平気、
全てに頓珍漢になっているのに、何故、一日中一緒にいる父は平気で?


繰り返して蘇ってくるあの頃の記憶。
何も、香りの話題に触発されてここまでやって来なくても。
母だけではなく父への苛立ちにまで。


折々の季節の華やぎと香り、
着る物食べる物にまつわる幼少期からの記憶、
その一部として嗅覚が様々な記憶を刺激するのは、
プルーストのあの壮大な作品『失われた時を求めて』を連想させる。
お茶とマドレーヌ、その香りに刺激され一瞬にして若き頃に思いは翔ぶ。
しかし、私は失われた母の嗅覚、香りの向こうにある認知障害
それに繋がる一連の生活の困難さに、打ちのめされる。


土日の楽しい思い出の後に、直面する現実に、当惑しつつ怒り、
怒りつつ悲しみ、悲しみつつも諦めることを覚え、思い出し。
鮮やかな楽しみの後に蘇る感傷が連れてくる感情を締め出して、
午後からの出張に向かう心の準備を始める。
石鹸、料理、化粧水、花。何が私の心を慰めてくれるだろう。
何が思い出の中の異臭を拭い去ってくれるのだろう。
そんな風に、皮肉に考えたりもする。
12月の第2週の始まり。

香り―それはどのようにして生成されるのか

香り―それはどのようにして生成されるのか

匂いの魔力―香りと臭いの文化誌

匂いの魔力―香りと臭いの文化誌