重く沈む一日
職場に動揺の走る出来事。
そういう時、妙に心と体が分離したようなふわふわしながらも、
重く硬く沈んでいく部分が自分の中にある。
普通に生活する部分と、何かを守る部分と、
経験上綺麗に分けられているのか、本能的なものなのか、
それは感情を殺して必要最低限のことを行う、
安全装置が働いているような感覚。
決して巻き込まれてはならぬという警告が、バリアのように働く。
若い時ならばどっと飲み込まれるのだろうか。
当事者でなければ動揺せずに済むことなのか。
動揺しつつも持ちこたえることが出来るからそうなるのか。
乾いた膜に包まれたような、
薄皮の向こうから自分を覗き込んでいるような、
そんな感じで仕事をこなした一日。
家人に渡す録音(怪我人のためにこっそり録った繁昌亭の落語)、
久しぶりのお見舞い、退院予定の打ち合わせさえも、
少しく心から飛んでしまいそうな出来事のために、
運転する夜道は重く沈む。あれこれと思い巡らす、
思い巡らざるを得ないことのために。
考えたとて何が出来るわけでもなく、哀しいだけではあるが。
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何故か海の奥深く沈み泳いでいるマッコウクジラを思い出す。
鯨はひたすら海の底に潜り、凄い勢いで海の底に潜り、
呼吸をしなければならないので海上を目指し、
大きな体をピストン運動でもしているように、
暗い海の底と海上を行ったり来たりしている。
そう、海の底には美味しい? 食べ物がある。
一度にお腹を満たすことが出来ずに何度も往復、
体力を使う食事の仕方がだ、そうしなければ食べられない。
海の底には大王イカがうようよ泳いでいる。
如何してこんな深い海の底にイカが沢山いるんだろう。
大王イカは深海の何を食べているんだろう。
そしてイカはイカでも馬鹿でかい大王イカは、
一度に大量に飲み込む、有無を言わさず飲み下す鯨に叶わず、
そのでかい体を誇示することも出来ず、鯨に呑み込まれる。
相手が大きかろうと小さかろうと、鯨には関係ない。
小さなプランクトンだろうが、目に見えるオキアミだろうが、
どでかい大王イカだろうが、自分の腹を満たすためには。
海上と海底といったりきたりする体力のある限り、
その体力を維持するためにも、大王イカを食べ続ける。
何故、こんな光景が頭の中をよぎるのだろう。
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暗く重く沈む一日。色んな憶測が乱れ飛ぶ中で、
唯一つの事実の中で、わかっていることが限られている。
だからだろうか。
私の心の中、頭の中にはひたすら往復する黒い鯨、
滅多に見ることのできない深海の大王イカを食べ続ける、
黒く大きく獰猛な生きる力を持った鯨と、
暗い海の底で慌てふためく大王イカが、
闇の中に呑み込まれて白く横たわる残骸のように、
命を失っていく様子が点滅する。
どこから聞きかじった大王イカの世界なのか、
何で利いた鯨の食事の仕方なのか、
今日の暗くわびしい話題に満ちた一日と、
どう繋がっているのか。
生きるために食べる、食べられるために生きる、
そんな関係の暗い側面を連想し、距離を取った一日だったのに。
距離を取った一日だったから?
幾ら鯨が全速力で潜っていくとしても、海の底までは時間が掛かる。
幾ら息が続くからといっても、どれだけ我慢できる?
生きるために我慢できることと、我慢できないことと、
そんな区別が付かなくなった時に、どうする?
そもそも鯨はそんなことは考えないんだろうけれど。
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