Festina Lente2

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霜月晦日の憂鬱

あっという間に今年も残す所、一ヶ月となった。
霜月の晦日、とはいえ例年よりも暖かいまま迎えた今日。
外の銀杏並木はまだ散らず、山茶花の花は咲いたかと思うと、
茶色く萎れていく。花が駄目になるその速度が例年より速い。
11月はしんどい月だった。
出張よりも何よりも、人と会って話をし、
呼び出して話を付け、あれこれと述べ伝えても、
反応なく、反感が募る、好き勝手に暴走する、
甘えがあるから反抗も可能になるかとは思うのだが、
極端な話、波風立たずに物事が進むの方が楽で嬉しい。
クレームの処理やモグラ叩き的な対処、
見通しを持っていると言えるのかどうか不確定な問題解決、
そのアプローチは精神衛生上良くない。


娘はどんどん遠ざかる。変わっていく。
きちんとした小説や童話、物語や詩など、そういう長い文章を読めない。
軽い、一度読んだらおしまいのシリーズ本にばかり熱中している。
親の私から見たら、漫画なのか物語なのか区別が付かない。
最近の本の表紙は漫画としか思えないし、中身も南画のノベライズ。
これで根本的な国語の力が付くはずはない。
成績は下がる一方。でも、親は道歯止めを掛ければいいのかわからない。
朝から晩まで監視もできぬ。


異国の日本人学校から帰国して、日本人社会の中に溶け込むのが大変。
外で遊ぶ環境が整っているにもかかわらず、家の中でばかり遊ぶ日本、
帰国後の生活の乱れと精神状態を心配する記事を、他人事ならず読む。
ずっと日本に住んでいたって、なかなか「やんちゃ」グループと
一線を画している半ば真面目オタクは、どっぷり現実逃避傾向の強い、
漫画とアニメとファンタジーの世界にはまり気味。
そんな似て欲しくない所ばかり似る娘を目の間にして、
第二反抗期初期で言葉がとげとげしくなっていく娘を見るに付け、
どんどん心が萎えていく。
本格的な反抗期が始まる中学以降は、どうなってしまうのだろう?


気晴らしに運動しようと思うと、スポーツクラブなどに入らないと、
子どもでさえも、学校では「管理の目が行き届かない」ので、
自由に遊べない校庭と体育館。危険だからと制限の掛かる遊具。
体力は落ちる。ただでさえ運動は苦手。要領は悪い。
競争や試合は苦手。なのに負けん気とプライドだけはある。
似て欲しくない所ばかり似て欲しかった。
しかし、どんな所が似て欲しかったのか。


本も読む。音楽も嫌いじゃない。同年齢の中では背も高め。
色白。髪も黒く長い。スタイルも悪くない。
国語は得意な方。でも・・・理科系は苦手。
どんな所が似て欲しかったのか。
いやいや、違う人間、違う個性。
きちんと見極めて育てることが出来なかったのは、親の責任。
自分が甘かったから。


11月は、自分の体力的な不安定さや、問題処理の曖昧さ、詰めの甘さ、
人と会うのに疲れてきたパワー不足、取り組む意欲の減少、
鬱々とした気持ちに弾き面れるように、風邪で休んだ二日間。
なるべく土日に家を離れるようにして気分転換を図ったものの、
結局娘との距離が埋まるはずもなく、娘の成長を旨く伸ばす、励ます、
よい方向に導くことも出来ず、悶々と過ごした11月。
持てる能力が発揮できるように環境整備をすることが出来なかったのは、
親の責任・・・。そう思うと、単身赴任別居結婚、
自分のふがいなさが身に染みる。その、読みの甘さに。


娘だから大丈夫、信用したい気持ちと、子どもだから自分では無理。
信用できないというか、親の前で嘘をつく、その嘘もわかった上で、
ある程度受け容れていなければなのか、追求して何が何でも管理だったのか、
今となっては何もかも遅すぎるような気がしてならない。
霜月の晦日。どんどん、現実に対処できなくなる毎日。

親子の関係 (エビデンス選書)

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子どもを上手に叱っていますか?―しあわせな親子関係を作るコツ教えます

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何よりも、家人が各自見たい番組が見られるようにと
裏番組でも録画できるようなデッキを気を利かして
付けてくれたことが災いしてしまった。
私よりも機械に強い娘が、アニメ番組を毎日山のように予約録画。
娘は仕事で帰宅の遅い私の監視がないのをいいことに、
漫画三昧で、学校の宿題も手に付かない有様。
口にするのはオタク発言、腐女宣言に近いもので、
カレンダーに書き込まれているのは漫画雑誌の発売日、
こっそり勝ってくるのは最新刊、掛けているのはアニソン、
そんな生活になってしまった。


アニメが悪いとは言わないが、アニメから学べるほど、
冷静な大人ではない娘。ただの子どもの娘。
面白く楽しいだけのストーリーに流される。
気分転換に楽しむのではなく、それが主の生活に逆転している。
楽で面白くない小学校の勉強は、努力などしなくてもいいものと、
のんびり過ごすだけが得意なマイペースの子どもを育ててしまった。


学童保育に預けたのも間違いだったとこの頃思う。
とってつけたような宿題の時間と、ビデオ三昧、外遊び。
習い事付けの毎日などと抵抗があったし、体力維持と+αで
水泳とピアノだけの日々。仕事に追われた分、やはり娘を犠牲にしてしまった。
のびのびと育てたかもしれないが、競争社会向けではない、
目標に向かってこつこつ努力というには、少々どころではなく甘すぎる、
そんな娘に育ててしまった。


娘が5年生頃から違和感が募り、
3年生ぐらいから公立の小学校は全く当てにならないと、
地元に対する不信感が募っていたけれど、ようは結局、
親が何が何でも軌道修正して、机に向かわせるべきだった。
そんなふうに落ち込む現実ばかりが突きつけられた、娘の11歳、12歳。
色んな意味で期待することよりも、諦める事を学ぶ、
そんな親になってしまいそうな自分が怖い。


塾も予備校も知らずに育った親世代の自分は、半世紀近く年の離れた
そんな娘の世界や、進学状況や、友達世界がどんどんわからなくなる。
仕事で垣間見る世界は、最近の選挙結果と同様、
何も感ぜずにお祭り騒ぎが好きな人間が浮動票を独裁者に貢ぐ世界。
教育や文化を軽視し、休養や休暇を与えずに搾取することを、
成果や競争原理、自己責任と言い放つ理解不能の世界が広がっている。


かーちゃんは、殺伐とした思いを抱きながら生活の糧を稼ぐために仕事をし、
ますます理解不能になっていく娘を眺めながら、
ものを投げつけたり叫んだりしないだけましなのかな、
休まずに学校に行き、三食食べ、病気もせずに過ごしていることが、
どれだけ有り難いか身に染みているだけに感謝するべき事なんだろうなと、
ぼんやり思いながら、娘の力を伸ばす術を持たない無力さに、
逃げ出したような霜月となった。


時間が過ぎていく。何が出来るだろう。
焦りばかりが、この年になっても忸怩たる思いだけが、
索漠と広がるばかり。
娘が漫画やアニメに逃避するように、
美術館や博物館に逃げ隠れしているのは自分ではないかと、
落ち込む霜月師走、年の暮れ。
娘の干支のうさぎ年は、残り少ない。

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