Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

無言の胃カメラ

久しぶりに人間ドック。場所的には遠いが都会の喧噪よりはいいかと選んだ。
ここに来るのは2度目か、3度目か。
雰囲気は悪くない、それなりの清潔さもある。
特に、診察に使う一般のフロア・病棟とは異なり、検診施設には切迫感がない。
切実な暗さ、苛立ちや焦燥感、必要以上にきびきびした動作、
そういうものが感じられないので、ある意味ほっとする。


そうだ、仕事を離れてここにいるということは大きい。
仕事から距離を取って、人の顔を見ずに時間を過ごすということ。
ノルマやその日やらなくてはならない当たり前のことが、
もう、どうしようもなく気持ち悪くて不気味で、
種の蒔かれていない砂漠に水を掛けている虚しさが募ってきて、
どうしようもない胃の痛みがこみ上げてきて、
喉から酸っぱいものが、
ああ、吐き出せない気持ちの代わりに別のものがこみ上げてきて、
体のある不自由さを少し恨めしく思う一瞬。
体が心よりもずっと素直であることを哀しく思う瞬間。


検査は滞りなくサクサク進む。思っていたよりも人が少ない。
びっくりだ。ここでの業務は随分楽だな。
こんな午前中だけで終わる仕事って・・・。
最も医師や看護師は、病棟で通常勤務があるのかも知れない。
でも、この検診施設専属ならば楽なことこの上ない。
診る患者の数、接する患者の数の圧倒的な少なさ。
通常勤務では考えられない少なさ。
都会の検診施設の芋の子洗いのような混雑とはかけ離れた、人間ドック。


しかし、ただ、一点だけ必要以上に私を不安にさせたものがあった。
常々調子が悪く、定期的に注意してみておくように言われている、
胃カメラ。この内視鏡検査が余りにもいつもとは違った。

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心に手の届くマナーと声かけ―介護・福祉・医療 (ケアワーク・スキルアップ)

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採血も、婦人科検診も、ちょっとつっけんどんでおざなりな内科も、
一見さんの客を扱うのだから仕方ないと割り切れる。
随分心のこもった優しい感じで接してくれたのは、超音波担当。
残すは最後の胃カメラのみ。これは病棟内の施設まで降りて検査。


あれ? 胃の中を綺麗にする薬ってここでは飲まないのかな?
筋肉注射もない。痛いから嫌いだけれど、無ければ無いで不安。
喉の奥にゼリーを出来るだけ置いておけって、この喉麻酔が一番嫌い。
直接の度に麻酔を噴霧される方がなんぼかまし
というのは、このゼリー、舌ばかりが痺れて肝心の喉に行かない。
嚥下反射で押し戻されてくるので、肝心の喉は麻酔が効いていない。
結局、麻酔塗布ならぬ噴霧器で・・・という二度手間よりも、
私自身は「あーん」してシュッシュッとして貰う方が好きだ。


それにしても説明もなく、待たされて隣室。
すぐに横になって、・・・どうやらこれは太い管で細い経鼻管じゃない。
それはともかく、医師はGパン、ポロシャツ普段着姿の白衣、それはともかく、
「こんにちは」でなし「さようなら」でもない。
これから何をするでもなく、何に気をつけてでもなく、
黙って管を差し込み黙ってぐりぐり回し、黙って作業を続け、
良く言えば「黙々と作業をしている」のだろうが、
私はものじゃないし、心もあるし、元来臆病なので、
無言で抵抗できない状態で、ひたすらどんな状態かもコメント無く、
看護師のみが申し訳程度に話しかけ、
「もう少しですよ」でなく「終わりました」でもない、
沈黙の業をやっているのかという医師の内視鏡検査には参った。


おそらく最初から最後までただのひと言も発することなく、
患者、もしくは検診を受けに来た人間に、不安を与えないようにという配慮、
業務上必要と思われる声かけ、そういったコミュニケーション、
医療現場におけるやりとりというものは全く排除された、
異質な時間、異質な空間を味わった。
管を抜き取ると、「余計なことを聞かれてはたまらぬ」とでも思っているのか、
その医師は無言のまますぐに消え、看護師たちが黙々と器具を洗い始める。


うがいをすることも口の中をゆすぐことも出来ず、
元の検診場所に戻るのに、言いようのない不安感と疲労感が広がる。
「検診」は医療行為に基づく検査なので、素人にとっては、
専門知識のない受診者にとっては侵襲性が低いに越したことはない。
多少のしんどさ、苦しさが付きものの胃カメラにおいては、
不安を和らげるような何らかの配慮としての処置が欲しい。
双方向的な無駄なおしゃべり、賑やかさは不要だが、
(実際こちらは管を加えているので話せない)
声を掛けたからとて減るものではなしこの沈黙の時間は、
この胃カメラのありようは何なのだろう。


必要以上に疲れ、30分余り休憩を取り、やっとの事で帰路につく。
食事をするには十分な間隔の時間を空けたが、
食事を取れるような場所についても気持ちが穏やかならず、
ショッピング街、飲食店街のざわめきは生きている人間の世界、
自分は半分棺桶に片足突っ込んだ感覚で、
言葉無き世界から場違いに迷い込んだような、
そんな感じで午後を過ごした。


いつもなら検診後は当然有給休暇を取っているので、
ゆっくり寛いだ、気分転換の時間を取るのだが、
その気力もない。一刻も早く帰宅して横になりたい。
何しろ、目にするもの、耳にするもの、
期待とも思わない服、着こなせそうにもないファッション。
娘の卒業式のための服を物色したが、理解を超えたデザイン。
芸能界じゃあるまいしの猿回し衣装のオンパレードにうんざり。


胃カメラの通常感じる気持ち悪さよりも、
不気味な人体実験の場に立ち会ったような、やるせない不快感。
仕事柄丁寧に扱うけれど、それ以上でも以下でもない扱い。
技術的に下手な主義ではなかったとは思うが、精神的に踏みつけられたような、
残酷な静寂さの中で、始まりとも終わりとも付かぬまま、追い出された、
体の感覚と心の感覚が、摺り合わせられないまま「わやくちゃ」にされた、
そんな気持ち悪さだけが残った無言の胃カメラ


毎日彼はそんなふうに胃カメラを行っているのだろうか。
徹頭徹尾、最初から最後まで無言で。
本来ならこの日ではなかったはずの、4ヶ月遅れの人間ドックに、
こうも疲れが募るものかとがっくりしながら過ごした今日。
何故に、こうも情けない思いをしなければならないのか、
わからないまま、落ち込んでいく如月は3日目。

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