Festina Lente2

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老母の誕生日にて

自分の誕生日を覚えているのかいないのか、ケーキを買ってきて、
喜んでくれるものの、食べる前に寝てしまっている。
うーん、早く食べないとイチゴのケーキ。



色んなものを買っても、きちんと母の記憶には残らない。
新しい服も下着も、自分のものではないとぼろぼろの古いものに執着。
そして綺麗な服や靴がないから外出は嫌だと閉じこもる。
どうしたものかなと思いながらも、何も出来ないままこの数年。


それでも心の中にはかつての母、
かくしゃくとしていた頃の様々な想い出があり、
仕事をしていた頃の母の面影が胸をよぎり、
ひたすら内職で家計を支えていた頃の切なさも蘇り、
仕事を続け、休日には畑も家事も何もかも一人で支え、
その母の偉大さを思うに付け自分は・・・と、
自分は何も出来ずに半世紀過ごしてしまったという
忸怩たる思いが情けなさを通り越し、
て開き直りにしかならない毎日。


母が綿入れした布団は、塗ってくれた娘の浴衣は、
ミシンを掛けた足ふきは健在。
ものは依然として使用に耐えうる状態だというのに、
それを手がけた人は、今は作ることもなく、
作ったことさえも思い出さずに、過ごしている。
ただただ年を取っていくことで、
娘にも孫にも「老いていくこと」を見せている、


そんな毎日が、ある意味「平穏無事」だということを
私は知っている。寝たきりでもなく、意識不明でもなく、
そこにいてくれる穏やかさを保っている日常、
色んなことで困らされることもある日常、
それでも、こういう安心や幸せの形があると
まだ、納得できる幸せな日常。


70代最後の誕生日を迎えた母の1日は、誕生日を知っているのか
わかっていないのか、すぐに思い出しては消えていく、
そんな記憶の波に洗われているのか、私には図りようもない。
通じる時もあれば、通じないこともある言葉や思い。
それを通じないからといって、深く嘆いても始まらない毎日。
ただただ無事でいてくれることに感謝して、過ごす。
それが親との距離。今の状態。



仕事をしなければ家は成り立たない。
老親の面倒を見、子育てをし、仕事をし、何もかも完璧に出来ない。
周囲の助けを借りてというのを、ことごとく嫌がる昭和一桁世代。
他人を家の中に入れるなんてとんでもないと頑な。
それでも、生きてくれているだけで有り難いとまだ感じる。


私の同級生で二親(ふたおや)揃っている人はもはや少ない。
むろん同僚でも減ってきた。
キャリアを積み重ねてきたというのに、相方の両親の介護で仕事を辞め、
何故女性の側ばかりが仕事を諦めざるを得ないのか、
そんな姿も沢山見てきた。
兄弟姉妹がいる中で、自分だけが正規職員の職に就いていないから、
介護に回らないといけないのと言っていた人もいた。


私はそこまで切羽詰まっていないといえば言える。
何も考えずに生活していると言えばそう。
困った時にはどうしようもなく困ってしまって、
見も世もなくあたふたするのだろう。
家でつきっきりで看続ける、
そういう事態に陥ってから悲鳴を上げるのだろう。
どこに誰に何に頼ればいいのかわからず、パニックに陥るのだろう。


けれども今はそんなことは考えずに毎日を、
目の前にあることだけをこなし、逃げるように過ごしている、
そんな母の誕生日に、この不肖の娘、
のほほんとケーキを食べる。


老母の誕生日。今は亡き祖が、母となった最初の日。
長女の長女の長女の家刀自であるはずの私は、
何も出来ないぼんくらさん。
良く言えば惣領孫のおっとりのんびりを引き継ぎ、
何も悩まずに好きなことだけして生きていけるような、
そんなことばかりを夢見ている夢見る夢子さん。
が、世間と時代は「そうは問屋が卸さない」毎日。
あくせくと世に棲む日々。


プラスマイナスゼロだよね。時々電池が蘇ったかのように、
線が繋がったかのように、復活した化学反応のように、
繋がる会話の端々に潜む現実を確かめながら、
相づちを打ち、穏やかな日常の体裁を整える。
そんな親子関係が続くことを、祈りながら。
身勝手に祈りながら、母の誕生日、ケーキを食べる。

老いのかたち (中公新書)

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老いのつぶやき

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