Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

中央公会堂の夜景

(写真は全て大きくなります)
昨夜はナカノシマ大学に出かけて大阪の地図の話を聞いてきた。
とーちゃんが転勤して、田舎の都会から電車に飛び乗り、
大阪まで出向いて、せめて数時間なりと一緒に過ごせる、
この手の社会人講座に出席することがなくなってしまった秋。


    

    

  



明治維新を経て、近代化していく都市。
地図にも現れる変化にも注目を・・・ということで、大阪の地図の話。
本渡 章氏の淡々とした話が、疲れた心には優しかったかな。
詳細なレポートはないけれど、参考までにこちら→

    

  

  


地図の外側をぐるりと囲むようにして、神社仏閣や駅など
新旧の大阪名所が絵入りで描かれた明治半ばの地図。
江戸時代の伝統を引きずったままの、庶民感覚の地図。
写真がメジャーではなかった時代、絵入りであること、
イラスト付きで案内することは重要だったことだろう。


    

    

    


寂しさ倍増、勉強意欲半減という情けない状態だ。
せっかく憧れの中央公会堂にやって来たというのに、
その素晴らしい室内や建築を見ることが出来るというのに、
いや、こういう素晴らしい建物の内部を一緒に眺めたかったな。
せっかくの夜の景色、昼間の熱が吸い取られてしまったような、
そんな空気の中で、一人カメラを構えて会場から降りていく私。


    

    

  


照明や窓の雰囲気、階段、手すり、全て何かしら懐かしい、
古びていて、なおかつ、温かい、不思議な雰囲気。
中央公会堂見学ツアーなるものに申し込みたくても、
平日の昼間だから来られたことがないので、
夜、内部に入れただけでもとても嬉しいのに、
とーちゃんと一緒に眺めたかったなと思う私。


    

    

  


そして、この素晴らしい建物は、たった一人の野心家の私財で作られ、
その野心故に自らこの世を去らねばならなかった人の、
哀しい思いを現世(うつしよ)に残す、曰く付きの名建築物なのだが、
そう考えると、何とも言えず美しく侘びしい中央公会堂。
かの人は今の世にかくあるこの建物の姿を見て、
変貌した大阪の街を見て、何を思うことやらむ。


    

  

  


学ぶよりも聞くよりも、久しぶりに目にした夜景をカメラに収める。
とーちゃんも娘も眺められるように。自分の記憶の欠片にするために。
何のために? 何のために・・・。
家族の休日、お出かけの思い出が一杯詰まっている、中之島界隈。


    

    

  


心晴れやかならぬままそぞろ歩き、一人外食の夕食。
そういえば、この店でみんなでランチを食べた後、
とーちゃんは骨折したんだったなあ。
あの時は寒い冬だった。
今はまだ、残暑厳しい秋だというのに、何だか心の中はすきま風。


    

    

  


仕事も家庭も自分自身も根無し草になってしまったような、
そんな感じで心許ない。
思い出が深ければ深いほど、鮮やかであれば鮮やかであるほど、
かそけき秋風にも心が痛む。
そんな思い出中央公会堂の夜景は滲む。


    

    

  


クリスマスのそぞろ歩きも、舟に乗って眺めたイルミネーションも、
大阪の川巡り橋巡りで眺めた景色も、昼の景色も夜の景色も、
いつでも家族の姿が、休日の憩いの場が、思い出作りが、
そこかしこにあったのに、今は週末ごとの行ったり来たり、
それさえも難しい。それがとてもこたえる。
川の流れのように、思いは流れても行き着く所を見失ってしまっている。


  


大阪古地図むかし案内:読み解き大坂大絵図

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続・大阪古地図むかし案内―明治~昭和初期編

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