Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

整理整頓が出来ない

余り暑くて何もする気がしない毎日。
日向に出てちょっとうろうろしたら頭痛。
父が言う。今日は敗戦記念日終戦記念日じゃない。
物置を作れば作るだけ物が増える毎日。

朝起きて水を撒き、整理整頓し、昼寝をし、水撒きし、
整理整頓し、寝る、年老いた父と母の日々。
そんなに庭と整理整頓が好きなのに、
どうして何も片付かない家。
どうしてものが溢れる家。


そう、私は整理整頓が出来ない。整理されるとわからなくなる。
見えないものは場所を忘れて、わからなくなってしまう。
いつも同じ所に重ねている。いらなくなったと気づいた時点で捨てる。
一気に捨てる。選んでまた積んで置く。その繰り返しなのに、
大きさ順や、色順に並べようとしたりする。
それをすると、物を失くしてしまう。
新しいものと古いものが混じってしまう。
仕事用と趣味用と育児用に部屋があればと
片付けなくても毎日思う。
昔、大好きだった千葉敦子が、片付ける時間は不毛だ、
すぐに続きができるように何もかも広げておける
複数の机が必要だと言っていていたのが実感できる。


現実はちゃぶ台で仕事をする日々。
レビューを書く日々。本を読む日々。
とりあえず、日記をつける日々。
2週間、研修で教えてもらったブログというものを試してみた日々。
で、とてつもない時間と思索、労作を投じている人間が
ものすごく多いという事に圧倒され、
私はここで何をしているのだろうと驚き呆れた2週間。
数秒の間にアップされる記事の多さ。


世間に対して「カメ」であることを実感するネットの世界。
はてなのページを使いこなすどころか、眩暈を起こす始末。
みんな、どうやってこの世界でバランスをとっているのだろう。
ふしぎ、とっても不思議。ここにいるのは自分であって
決して自分では無い自分。本業から遠く離れた自分。
本当は大事にしたい自分。
この歳になってもこういうことをまだ考えるか? 自分!?
2週間試してみて、何を得た?
人の世界を読み歩く事と、自分の世界をお試しに作ってみたのと。


何の、方向性も思想性も持たない人間が文章を書く事の不毛を
改めて掘り下げてどうするというのだろう?
批評でも呟きでもない、アジビラにもなりえない、
一貫したメッセージ性も無い・・・。
Festina Lente(ゆっくりいそげ)は、ウサギとカメの物語ではない。
ましてや、「急がば回れ」でもない。
ひたすら、カメの日々。

どうして、心の引き出しを整理し始めたのだろう。
たくさん机を持たないのに。
どんな順番で並べればいいのか、考えもしていないのに。
どうして、虫干しがしたくなったのだろう。
取っておいても着る事が無い服のように、
いや、もはや着る事さえ叶わない服、
流行遅れの、体型に合わない、若作りの服、
同様、カビが生えかけている記憶の断片。
どうして蒸し返したくなるのだろう。
トラウマと言われてしまいそうな、引きずっている思い。
どうして書きたくなるのだろう。
麻薬のように、ブログのページを開けて更新しようとする。
自分の言葉を眺める。自分しか見えない鏡を覗くように、
痺れるような毒を舐めるように。