Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

疲れた

さすがに疲れが溜まってきた、今週は木曜日に仕事の山を抱えて
ちょっと寝不足、飛ばしすぎ。帰宅したら、家人と電話で話しながら
意識朦朧。部屋の電気はつけっ放し、服は着っぱなしで
気が付いたら、今だ。
やっと週末までたどり着いたが、遣り残しも多い。
来週のアポイントメントも取らねばならぬ。
段取りも考えねばならぬ。
溜まった書類も片付けねばならぬ。


・・・何よりも痛いのは、土曜日が休日出勤と決まった。
ただでさえ、汚い家の中が片付かない。
ああ、コピーロボットパーマンご存知ですか?)が欲しい。
いや、駄目だ。
私とおんなじ家事能力じゃ、やれる事は知れている。
仕事をさせるか・・・? 何だかなあ、それもなあ・・・。


寝不足で、ボーっとした頭で、仕事の片隅で思っていたこと。
職場のパソコンの性能がよくなったが、その分、
前に座る時間が増えて、結果的に余計に疲れている。不毛。
(まあ、息抜きに遊んじゃうこともある)
気になっていたニュースは危惧していた通りの結果だったこと。
あるニュースに関することばかりが流れるので、
昔教科書で習った、とある詩がやたらと思い出されること。
それはね、あの、吉野弘の詩・・・
(以下、引用です)



I was born

確か 英語を習い始めて間もない頃だ。

 或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと、青い夕靄(ゆうもや)の奥から浮き出るように、白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆっくりと。

 女は身重らしかった。父に気兼ねしながらも僕は女の腹から目を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを腹のあたりに連想し それがやがて 世に生まれ出ることの不思議に打たれていた。

 女はゆき過ぎた。 

 少年の思いは突飛しやすい。 その時 僕は<生まれる>ということが まさしく<受身>である訳を ふと 諒解した。僕は興奮して父に話しかけた
 ―――やっぱり I was born なんだね―――
父は怪訝(けげん)そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
―――I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意思ではないんだね―――
 その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。僕の表情が単に無邪気として父の眼にうつり得たか。それを察するには 僕はまだ余りに幼かった。僕にとってはこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。

 父は無言で暫く歩いた後、思いがけない話をした。
―――蜻蛉(かげろう)と言う虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね―――
 僕は父を見た。父は続けた。
―――友人にその話をしたら 或日 これが蜻蛉(かげろう)の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口はまったく退化していて食物を摂(と)るに適しない。胃の腑(ふ)を開いても 入っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりとした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげてるように見えるのだ。淋しい 光の粒々だったね。私が友人の方を振り向いて <卵>というと 彼も肯いて答えた。<せつなげだね>。そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ、お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは―――。

 父の話のそれからあとは もう覚えていない。ただひとつの痛みのように切なく 僕の脳裡に灼きついたものだった。
―――ほっそりとした母の 胸の方まで 息苦しくふさいでいた白い僕の肉体―――。

                                                    • -

  奈々子に


赤い林檎の頬をして
眠っている奈々子。

お前のお母さんの頬の赤さは
そっくり
奈々子の頬にいってしまって
ひところのお母さんの
つややかな頬は少し青ざめた。
お父さんにもちょっと酸っぱい思いがふえた。

唐突だが
奈々子
お父さんはお前に
多くを期待しないだろう。
ひとが
ほかからの期待に応えようとして
どんなに
自分を駄目にしてしまうか。
お父さんははっきり
知ってしまったから。

お父さんが
お前にあげたいものは
健康と
自分を愛する心だ。

ひとが
ひとでなくなるのは
自分を愛することをやめるときだ。

自分を愛することをやめるとき
ひとは
他人を愛することをやめ
世界を見失ってしまう。

自分があるとき
他人があり
世界がある。

お父さんにも
お母さんにも
酸っぱい苦労がふえた。

苦労は
今は
お前にあげられない。

お前にあげたいものは
香りのよい健康と
かちとるにむづかしく
はぐくむにむづかしい
自分を愛する心だ。

                                                                • -

吉野弘詩集 (ハルキ文庫)

吉野弘詩集 (ハルキ文庫)

二人が睦まじくいるためには

二人が睦まじくいるためには