思春期の読書に帰る
つい、本屋で見かけた萩尾望都の新しい全集が、
あの不朽の名作「トーマの心臓」だったので、買ってしまった。
当時の扉絵が着いている。
少女漫画の名作の常として、不朽の名作は殆ど少年が主人公だ。
少女が主人公でも構わないと思うのだが、
異性の心を知りたいという思いが、そうさせるのだろうか。
竹宮恵子「ファラオの墓」「地球(テラ)へ」「風と木の詩(うた」
青池保子「エロイカより愛を込めて」「アルカサル―王城」
萩尾望都の「メッシュ」「残酷な神が支配する」だってそう。
少年より少女の方が、距離を置いて扱いやすいのだろうか。
同性を主人公にするのは、かえって生々しい部分が
望ましく無い形で、拡大視されるからだろうか。
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とにもかくにも、買ってしまった。「トーマの心臓」。
おそらく思春期の、純粋で透明で一途で一徹な心。
その強さと同時に併せ持つ、繊細さと紙一重の脆弱さ。
性的な肉体よりも、精神性が肉体を帯びる時期、
それは女性の側からの幻想なのだろうが、
どうしようもなく自分の中のアニムスを刺激する、
もしくはアニマを刺激する、ストーリー。
心に視野というものがあるならば、10代の読書が支える感性が全て。
たまたま時代は70年代、リルケ・ヘッセ・キルケゴールという
教養主義の末期の水を取ったような読書生活。
それが、ぴったりとドイツのギムナジウムを背景に持つ
この物語と重なっている自分の中・高時代が僥倖だった。
この歳になると、再び昔に回帰したい気持ちが強くなる。
原点に戻る、懐古趣味、おそらく老眼ではなく、
まっすぐに物が見えていた時代の、心の感じ方が懐かしい。
そういう事なのだろう。自分の若かりし頃の顔写真を眺めるより、
愛した文体、憧れた文章、のめりこんだ絵、崇拝した世界、
凍れる時間を体感できた思春期に思いを馳せることによって、
青春というサーチライトの照らす光がもう届くか届かないかの
微かな光に手をかざしている自分の感性を、
消えかけている光でものを見ている自分自身を、
やや自虐的に味わっている、
そんな夏の日。
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