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緒形拳も逝く

職場で仕事に追われていて、ふっと時間が空いた。
今年転勤してきた古巣の先輩が、声を掛けてくる。
緒形拳も亡くなったなあ」「え? 本当!?」
先輩とは先日『おくりびと』が良かったという話をして、
盛り上がったばかり。映画や美術館の話題で最近になって、
ようやくお喋りができるようになってきたのだが、
今日の開口一番が、緒形拳の訃報だとは。


死因が明らかにされていないんで、ちょっと心配だと先輩。
でも、緒形拳はそんな人じゃない。
休み時間にネットを開く。ああ、やっぱり癌だったのか。
この数年来のやつれ具合は気になっていたけれど、
隠し通したとしても、近来の枯れ方は気がかりだった。
71歳、若すぎる。惜しすぎる。残念すぎる。


親の世代、いやそれよりも下の世代の人がいなくなる。
去っていく。自分を守っていた天蓋が崩れ落ちるように。
先輩も呟く。こうなってくると、次は俺たちの番だなあ。
折りしも職場の壁の訃報欄には二人分の記事。
どちらも50代。身に積まされるものが多すぎる。
定年も待たずに死ぬなんてなあ・・・と、また呟く。


名優、緒形拳の出演作で一つ挙げるとしたら『楢山節考』。
これ以外に思いつかない。まあ、時代劇一杯あるけれど。
沢山の俳優の中で、この映画を見た時から特に緒形拳を意識するようになった。
それくらいインパクトのある映画だった。
基本的に邦画を見ない私が、当時映画館に行った事さえ珍しく。


この映画もやはりテーマは「生と死」
ロケを通して散りばめられた山国の美しくも過酷な自然。
人々の哀しいまでに切羽詰った、残酷で猥雑な日々。
親子の葛藤、特に母と息子の視線が絡み合う向こうに、父と息子が。
上の世代を背負う自分に、下の世代が。
死して見送る彼方に、生まれるため腹の中にうごめく子が。
生々しい生と死の諸相が、動植物の生命力と人間の営みの螺旋となり、
物語をしっかり取り巻いている作品。
それが『楢山節考』だった。
私は映画の中の通り過ぎていく生き様、葛藤、人生に圧倒された。
まだ、私は人生経験に乏しい20代初めだった。

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後添えを娶る、働く、まぐわう、喰う、寝る、見つめる、
戸惑う、怒る、驚く、ためらう、逡巡する、眼を落とす、
怒鳴る、呟く、背負う、叫ぶ・・・。
色んな表情、声音、緒形拳の演じる主人公は、
誰よりも際立っていた。その心の動きが痛々しいほど感じられた。


物語の背景に、世間ではおおっぴらにしないけれど実は・・・
生きていくことの残酷さを映画で知った、
そんな印象が強かった。
素晴らしさよりも切ない、それは私が四半世紀前に見た、
もう一つの『おくりびと』といえるような気もする。
自らの母親を、生きながら死に場所に置きに行く息子。
息子のために従容として背負われていく母。


背負う息子は、自分もその年が来れば、
背負われて「山を登る」ことを知っている。
植物の譲り葉の世界のように、穏やかで静かな世代交代が
行われるわけではない人間の鬱し世、憂き世。
日常の生が輝いているからこそ、ハレとケの世界があるからこそ、
巡り巡るお天道様の下の世界。


しかし、緒形拳は病院で息を引き取った。
姥捨て山そのものの場所ではなく、
雪の降る山頂でもなく、白い壁の中で逝ったのだ。
でも、家族に見守られて逝くことができたのなら、
それはそれでいい。安らかに眠ってほしい。
病気と闘いながら、隠しながら仕事を続ける戦いの日々。
さぞかし大変だったろう。


しみじみ思いつつ帰宅すると、ノーベル賞の話題で沸き返っている。
暗いニュースに毒されて、その喜びに浸れない。
3人も受賞した。それは目出度い。
しかし、もう、誰がノーベル賞だったのか覚えきれないなあ。
漠然とそんなことを考える。
そして受賞された方の年齢を思うと、何故もっと早く頂けないのか、
楢山節考」の世界なら、とっくにあの世だよなんて思って僻む。


長生きしたからこそ、受賞の名誉、光栄に浴することができる。
早死にしてしまっては、それさえもない。
71歳は若い。この時代ではまだ若い。
でも、私たちから下の世代はどんどん寿命が短くなるのだとか。
体力的にも精神的にもやわで、平均余命が下がり、
年老いても呆けずに研究を続けられる、
気力体力など維持できるものでは無いらしい。
いわゆる戦中派は栄養不足とか言われるが、
元来タフに鍛えられてきているから。


その微妙な世代の尻尾に当たる私たちの世代。
ノーベル賞まで届くような、知的体力を維持できているかどうか。
先人を見送るばかり、見上げるばかりで終わるのではないか。
そんなことをニュースの狭間に感じ取る。
訃報からは虚脱感を、朗報からも虚脱感を。
このマイナーな気持ちを持て余している。
・・・どうしたらよいものか。


みんな逝ってしまう。最近訃報が多すぎる。
原子に素粒子に、目に見えない世界にみんな逝ってしまう。
去ってしまう、消えてしまう、離れていってしまう。
そんな思いで一杯になる。
自分がまだまだ守られていることに安穏としているうち、
遥か先人に及ばないことを、思い知らされているうちに。

言わなければよかったのに日記 (中公文庫)

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老人のための残酷童話

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今日、このページを緒形拳への思いと共に。
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