Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

呪文一つで意のままに

新聞・TV・ニュースが騒がしい。
名のある音楽家の逮捕に伴って、てんやわんや。
株の暴落、経済政策云々、解散総選挙の話はどこへ。
かまびすしい、ざわざわとした話題ばかりが入ってくる。
一世を風靡したかの音楽家とその仲間の音楽は、
幸か不幸か私の世代が支持する音楽ではないので、
それほどショックを受けることはないのだが、
生活の中のBGMは、個人の思い出と密着するものだけに、
その思い出までもが、彼個人の痛々しい没落と共に、
汚されたような悔しさを抱いた人は多いだろう。


功成り、名を上げ、故郷に錦を飾り、人の羨む億万長者となって、
それでいながら、いやそれだからこそ、贅沢三昧の豪奢な生活に溺れ、
虚栄を張り、流行を作り出す側からずれて勢いがなくなり、
人の世の流行の移り変わりから捨て置くように憂き目を見たとて、
分相応の生活をしていれば、普通の人に比べて何倍も
経済的に困るような人ではなかったはずなのに、
身の丈にあった生活をする潔さも、思い切りも持たず、
全盛期のままの時代が続くとでも思っていたのか。


とはいえ、私の生活にもBGMにも影響を及ぼしていない人物が、
人の道を踏み外したということ以外、私には何の感慨もない。
彼の関係の音楽CDの1枚もなく、興味関心の無い人間にとっては、
同じニュースばかりが流され、紙面が使われ、週刊誌ネタが湧いて出て
これをきっかけに懐メロ的に、その音楽が振り返られるのかもしれない。
そんなことが、ちらりと頭を掠めるだけ。


そう、もしも魔法が使えたならば、
呪文一つで何もかも元通りにすることが出来るのならば、
これほど楽珍なことは無いだろう。
あの、『奥様は魔女』『魔法使いサリー』のように、
人が決して出来ないことでも、簡単に出来る。
物事が、意のままに出来る。
・・・本当にそうか?


魔法が使えたから、予言が出来たから、
人よりも優れた能力を持っていたから、
だから、人よりも数倍幸せな生活を送れるという保証などありはしない。
その証拠に、魔法が使える魔術師マーリンは、
愛弟子アーサー王をも、自分自身をも守りきることは出来なかった。
魔女の予言を信じて人の道を踏み外したマクベスには、
「想定外」のどんでん返しが待っている。

D&D 呪文大辞典 (ダンジョンズ&ドラゴンズサプリメント)

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魔法の杖―THE ORACLE BOOK

魔法の杖―THE ORACLE BOOK


20世紀末からやたらとファンタジーが流行っているけれど、
かつての聖杯伝説、ドンキホーテの憧れた中世騎士物語、
漫画やSFのテーマ世紀末伝説や地球滅亡、そういった過去の系譜と、
あまり大差ないのではないかと思える。
嫌なことがあればあるほど、それから逃れようという脳の働き。
空想・想像・妄想・白昼夢の世界でひと時の解放を求める。
そういう個人的な精神活動が、世界的な流行、地球規模的な活動、
ファンタジーブームに象徴されているのかもしれない。


私は『指輪物語』『ナルニア国物語』『ゲド戦記』の世代で、
学生だったのを幸い、英語でも読み齧ったりもしたものだ。
むろん、『ハリー・ポッター』シリーズだって全て持っているし、
けっこう熱中して読んだけれど、途中から読み辛くなってきた。
何かしら、自分の世代の話ではないという気がしている。
魔法が中心ではない、超自然的で暴力的な狂気と毒気が刺激的な、
『ダレンシャン』だってリアルタイムに読んだ。
でも、のめり込むことは出来ない。その展開に心酔は無理。


もしも魔法が使えたならば、杖を一振り、呪文を一声、
何もかも繕える? 丸く収まる? 魔法一つで幸せになれる?
魔法のひょうたんが何でも出してくれる中国の童話があった。
いいなあと思って読んでいたけれど、ひょうたんは乾いた口調で、
「どこからこれを持って来たたと思っていたんですか」
「誰が作ったと思っているんですか」と畳み掛けてくる。
誰かがどこかで作ったものを運んで来るだけで、
(無断で持って来るだけで)無から有を生み出しているわけではない、
宝のひょうたんの魔法の秘密。

ダレン・シャン 12 (小学館ファンタジー文庫)

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文庫 新版 指輪物語 全9巻セット

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お金だって財産だって、ヒット曲を生み出した数々の才能だって、
まるで借り物だったかのように、雲散霧消。
魔法ではなく自分自身の力で成し遂げたはずの音楽界での業績、
それが、自ら掘った墓穴の中で塵芥(ちりあくた)と化してしまう。
現実の世界の魔法にも似た、崩壊・破滅・転落の惨さ。
人生という物語は別の物語に書き換えられていく。
The game is over.


「ねえ、お母さん。魔法が使えたらいいのにねえ」
最近ハリー・ポッターにはまっている娘が、突然話しかけてくる。
私が初版本でシリーズみんな持っているというのに、
家にいつでもあると思うと、安心して甘えて読めなくなるからと、
何故か小学校の図書館から律儀に借りてきて読んでいる。
いついつまでに帰さなくちゃならないという緊張感がないと、
本を読んだような気にならないし、急いで読めないのだという。
別に急いで読まなくてもいいのに。
まあ、その気持ちはわかるような気はするけれど。


その娘が、魔法の呪文についてあれこれ尋ねてくる。
「ねえ、お母さんの知っている呪文は何?」
「私が知っているのはねえ・・・。」うんうん、色々披露したい訳ね。
食事時、仕事で忙しい私は1人で台所で遅い夕食を食べている。
うんざりするほど流れている、音楽関係者の逮捕とその関連事項について、
同じニュースばかりで辟易している時に、魔法の呪文の話題か・・・。


グリム童話の昔から、魔法は人を幸せにするよりも、
人を試したり、不幸せにする、試練に合わせるアイテムのようなものだ。
魔法もそれを唱える呪文についても、魔法の小道具の数々も。
怪しげな魔法薬も最新のバイオテクノロジー
小道具はハイテク機器、では、呪文は?
呪文は今の世の何に置き換わっているのだろう?


「おかあさん、この呪文知っている? セクタムセンプラ」
おいおい、いきなりそんな呪文、どうして?
どうやら娘は私が思っているよりも読み進んで、
ハリー・ポッターと謎のプリンス』に熱中しているらしい。
それにしても穏やかではない、セクタムセンプラの呪文は闇の呪文だ。
それも、強力な・・・。


「おかあさん、この呪文知っていれば、おでんを作るとき、
こんにゃくに隠し包丁入れるの楽になるのにね!」
!?!?!?!? セクタムセンプラを隠し包丁代わりに使うのか?
確かに、「切り裂け!」の意味の呪文だが、
どうやら闇の呪文の真意がわかっていないらしい。
善意と無邪気さで溢れている小学校3年生の娘は、
疲れて台所に腰を掛けているかーちゃんを思いやってのことか、
隠し包丁にセクタムセンプラ! もう、思いっきり笑うっきゃない。


闇の呪文も、わが娘、光の子に使われると料理の呪文に早変わり。
物語の世界で鬼籍に入ったセブルス・スネイプも苦笑いをしているだろう。
もちろん、このシリーズの中で私の1番のお気に入りは彼だ。
スネイプのファンなので、娘のこの発想には救われた。
思わず、吹き出して笑った。


そう、闇に見える世界でも光は存在する。
魔法も使い方次第では、いいことに使える。
私利私欲を肥やすためだけではなく。
かつて音楽という世界共通の言葉という魔法を使っていた人が、
本当の意味での魔法使いになれることを祈って、
セクタムセンプラで作ったおでん、
味の滲みたこんにゃくを想像の世界で味わおう。

ハリー・ポッターと謎のプリンス ハリー・ポッターシリーズ第六巻 上下巻2冊セット (6)

ハリー・ポッターと謎のプリンス ハリー・ポッターシリーズ第六巻 上下巻2冊セット (6)

ハリー・ポッターシリーズ全巻セット

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