独楽の不安

無理をお願いしてルーティンの仕事を詰めた。
研修・出張の合間に、歯科大病院に飛び込む。
予約はあって無きが如しの大混雑、いつもの口腔外科だが、
本日1本地下鉄乗り遅れて遅刻、御免なさい。
待合でソファに腰掛ける私に、ちらりと顔を見てわかったのか、
受付窓口の向こう側から、会釈をしてくれる先生。
無機質な感じの多い先生方の中で、珍しい存在です。

そして、本日ドライソケットで悩まされた抜歯後の歯肉、
やっと肉が盛り上がって痛みも無くなり、（全くではないですが）
無罪放免となりました。それでも、横で学生が控えている上、
診察しながらカルテと同時に学生のノートをチェックし、
隣の診察台の学生に指示を出し、再びカルテに目を落とし、
「もう痛みが無くなる頃なので、これが普通の状態ですが、
　今回痛みが出たのは予想が付かなかったので、
　（それは重々理解しています）　万が一痛くなったり、
　何か以上があればすぐに電話を下さい。
　多分大丈夫だとは思いますが」とのたもうた。

この先生は必ず最後に付け加える。患者サイドが不安を覚える場合、
何かあればすぐに言ってねと言われれば、それは、
入院患者が毎日ちらりと顔を見せる主治医からのひとことが、
カンフルと同じくらい重要だということを知っているように、
付け加える。「何かあればすぐに連絡して下さい」と。
現実問題、24時間稼動救急病院ではないのがわかっていても、
そんなふうに言われると、「いわれなき安心感」が生じて、
それだけでプラシーボ効果みたいに、よく利く。
お医者様の一言は偉大だ。

昼休みの友―サラリーマン獣医の癒し系爆笑エッセイ集

待合室

私の昼休み前後は通院と病院内で消化、更に郵便局へダッシュ。
昼食は近場でランチ、歩いて10分と目星を付け出張場所へ。
地図で調べていても、え？　こんな建物だったかとびっくり。
こんな民間のビルの小会議室を借り切って？
おまけにパワーポイント作成を仰せつかっているのに、
ソフトの入っていないノートPCではどうしようもない。
個人的にノートPCを持参している方のPC、XPじゃない。
VISTA･･･。これはもう、保存形式を変換しないと、
作ったものを家や職場で見ることさえ不可能。

殆ど一期一会、同じ業界の中での情報交換。
同じ業界とはいえ、担当が異なれば何もかも仕切り直しなので、
そういう世界を覗けることは、それはそれで有意義。
されど、人の背中の後ろから覗いている人間にとって、
先頭で発表する人間のアグレッシブなパワフルさに、
驚かされるというか、エネルギーを貰うよりも吸い取られると言うか。
どこに行っても、醒めて一歩引いて佇む自分に苦笑。

その手の方々は、既にその後の予定も出来ている様。
こちらは気分的にお邪魔虫研修・勉強会の感。
まあ、お目見え・打ち上げ花火会議のたたき台を
･･･作っているに過ぎないしね、ある意味。
口で話をしながら、心はどこか別の所へ行っている、
やんわりとめぐらされた疎外感。場違い感。
そんな感覚を振り払うように、帰りの駅で買い物。
ホワイトリカー3本と氷砂糖。

やや遅きの感はあれど、職場のかりんの木の実。
放って置く手は無い。
もう少し早めの実の方が良かったのだけれど･･･。
かなり固くて切るのに苦労。･･･結局二瓶分漬け込んだ。
さて、これを飲むのはかなり先。（の予定）
この夏、12年越しのスモモのブランデー酒を父に飲まれてしまった。
私としては、まだ開けるつもり無くしまって置いたのに･･･。
（父としては待てずに飲みたいのだろう）

じっと寝かせておくだけで美味しく頂ける果実酒と、
常に何かを仕入れておかないと続けていけない自分。
古い知識と技術のままで、こなせない仕事。
かりん酒を漬け込みながら、どうしようもないやるせなさ。
今やっていることは、私の専門でも無いことなのに、
どうして手を染めることになってしまったのか。
それが仕事だと言われても、割り切れぬ思いばかりが募る。

年月が経てば良さが増す、味わいが出る、それなりに成果がわかる。
そういう仕事ならいざ知らず、たとえ今、それをしても、
結果が出る頃私はいない。職場を去っている年齢。
ならば何故？　もしかしたら娘の世代を守るかもしれないから。
直接ではなくても、きっと間接的には守ることになるだろうから。
未来を柔らかなネットで囲むように、
「知っている」ということが、「わかっている」ということが、
どんなふうに行動に影響するか、それを望みの綱に出来るよう、
今の仕事、役割分担があるのだと言い聞かせてはいるのだけれど、
･･･自分自身に。

目にはっきり見ることの出来る、舌で味わうことの出来る、
そういう手に取ることができるものから遠い部分、
そういう確かな手応えから遠い部分を、
セーフティネットで、被いで、守ることができるように、
何とか試みているのだけれど、心のどこかで信じ切れていない、
自分の弱さ。願いながらも賭け切れていない心の弱さに、
たじろぎながら、かりん酒を漬け込む夜。
止まってしまっては倒れてしまう。ずっと回り続けていなければ、
信じ続けてやらなければ、独楽は回っていられない。
そんな思いにも似て、切なくて。

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