Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

足音を立てずに

気分的な落ち込みというのは、引きずるものなので、
引きずると、しなくてもいいミスをしてしまうので、
この魔のループ、連鎖反応に陥りたくないと頑なになると、
余計に緊張が増したりして、ドツボになってしまう。
さすがに派手なミスは表面に出なくなったと思っていたら、
今回の人間ドック関連、かなり引きずった。
自分のミス(義歯を紛失)+言われたことショックで、
どうやら脳の回転軸、ずれています状態。


今は足音を立てずに歩くようにしているが、
若い頃、10代の終わり、
今のようにブーツが流行った頃、軍靴の響きではないが、
アスファルトに響く自分の足音が好きだった。
もう一人の元気な自分が一緒に歩いているような、
そんな感覚でロングブーツを楽しんだ。
(ま、足も細くてブーツも似合った時代だった・・・)


「季節の足音」などではないが、ぺたぺたするサンダルの夏、
突っかけの季節を過ぎると、かっちりした足元になり、
ヒールの音が響く、そういうものに憧れた時期があった。
ましてや制服を抜いて私服になった時、ほんの少し背伸びして、
かかとが響くその感触を楽しんでいた。
それは、若さの足音だったのかもしれない。


足音を楽しめるのは運動靴を履かなくなったから、
スニーカーを履かなくなったから。
そんな頃だった。様々なデザインの靴、
ヒールのある靴を楽しんだのは。
といっても、10cmだなんてとんでもない、
ローヒールでささやかな冒険をしていたのだけれど。
足音を立てずに歩くように躾けられて来た人間にとって、
足音を立てて歩くのは、勇気の要ることだったから。

漣波/いやしの名曲集5 精霊の踊り

漣波/いやしの名曲集5 精霊の踊り


子供の頃歩道の上を歩く時、碁盤の目のようなタイルの線に沿って、
まっすぐに歩くよう気を付けていた。ふらふらと歩いたりせず、
さっさと歩く、一直線に歩く、歩幅や足の運びに乱れが無いよう。
かかとから葦を下ろすにしろ、足の裏全体に本の少し力を入れるだけで
足音は消せる。少なくとも、下品な音は立てずに済む。
上履きでも、運動靴でもそうしていたから、足音を立てずに歩けた。


自然と突っかけや草履・サンダルの類からは離れていった。
かかとを引きずるような音が嫌いだった。足音を立てない。
大好きだったバレエ漫画、『アラベスク』の影響も大きかった。
いかにトゥシューズで足音を立てずに踊るかという課題。
最後まで力を抜かないで着地、その雰囲気に憧れた。
そういう心意気に憧れた時代、思春期真っ只中。
突っ走っていた、若かった頃。


何足のテニスシューズをはき潰しただろう。
真っ赤なレインシューズ、ブランド物のサンダル、
登山靴、ワインカラーのブーツ、編み上げ靴、
着脱面倒な紐を整え、お洒落の気分を楽しみ、
足音にバリエーションがある楽しさ、足音を味わう楽しさ。
季節ごとに靴を選び、誂え、店先を覗き込む。
そんな時期は長く続かなかった。


足音を立てたくない。気配を悟られたくない。でも知ってもらいたい。
出来れば自分の足音を聞き分けて欲しい。そんな気持ちを押し殺して、
仕事だけに没頭して行った頃。職場では足音を立てられない雰囲気。
足音を立てたくないと、強く意識するようになった頃。
立ち仕事でも負担が掛からない靴に履き替えて、毎日が過ぎていく。
黒・白・ピンク・水色。それらのバリエーションは、やがて黒一色になった。
職場での足元。若い頃に揃えたスーツは、汚れ隠しの白衣の下で、
トレーナーとセーター、Tシャツに変わっていった。


足音は何処へ消えた? 足音を立てずに歩いた心意気は何処へ行った。
私の足にはもはやロングブーツは似合わない。
短いスカートをはいたりもしない。
せいぜいチャカブーツで足元を被う程度。
だんだんヒールのある靴を履くのが辛くなってしまった。
スニーカーで走り回る日々に戻ってしまった。


気がつけば、楽チンシューズばかりで、
エストを締めない服装。ゴム入りの服。
かかとの無いミュールだなんて、とんでもない。
木製ではなくて、プラスチックゴム製のサボ見たいなデザイン、
とんでもない。流行の靴、とんでもない。
気がつけば、足のアーチは崩れていくばかり。
体重も増えて、足のアーチは崩れていくばかり。


自転車で駅まで漕ぎ着けて、階段を2段飛ばしに駆け上がり、
息せき切って電車に飛び乗った、あの頃。
雨の中濡れた革靴の、古いふるい革靴の惨めな感触。
何度もかかとを、ヒールの先を交換したお手入れ。
お気に入りの靴を大切にしていた毎日。
あの足音をいとしんだ日々は何処へ消えたのか。


足音を立てずに歩く。それは背後から近付く足音を、
忌み嫌うような気持ちが芽生えてきているから。
足音は前からは近付いて来ない。
足音は、後ろから追いかけてくる。忍び寄る。
そして、通り過ぎる。
足音は遠ざかる。


人は見たいものを見、聞きたい音を聞く。
少なくとも私自身の足音は、軽やかではなくなった。
そのせいか、尚更丁寧に歩いて足音を響かせずに歩いている。
階段を上り下りする軽やかさをこそ求めれば、
まして軽やかさに無縁であれば、決して不要な音は響かせない。
まだ、足を引きずらないで歩けるのならば、
気取られないように、歩き続ける。


足音を立てずに歩く。足音の記憶を持たぬよう。
足音を立てずに歩く。まだ足に力が残っているなら。
足音を立てずに歩く。素早く移動できるほどでなくても。
足音を聞かぬようにする。背後からの雑音に囚われぬよう。
聞きたい足音が聞こえにくいなら尚更、
自分の足音だけでも控えめにして、耳を澄ませる。


私の足音ではなくて、誰かの、何かの足音のために。


時の足音

時の足音

「プリマ・エレガンス」の魔法

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