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スラムドッグ$ミリオネア

家族3人で見るにはハードな映画だとは思ったが、
保護者同伴OKということで娘に見せることにした。
しかしのっけから暴力シーンになるので、最初は後悔した。
話が進むにつれて、どんな風に感じるにしろ、
まあ見せて良かったとは思ったけれど、
感受性が強い子供ならばうなされるようなシーンが続出。
リアリズムにのっとった映画だから、ドキュメンタリー映画に等しい。
TVゲームやCGを見慣れた人間、アニメ一辺倒の人間には、
見辛いかもしれない、というか頭が拒否するかも知れない。


かつて人気があった『踊るマハラジャ』があまり流行ったので、
インド映画の伝統として、音楽といきなり始まるダンスは付き物という
偏見があるが、インド音楽の独特のメロディーとリズムは確かに迫力がある。
そこに旅人を圧倒し、旅行者をインド前・インド後の人格に
変えると言われているあの景色が広がるのだから、
インド映画の魅力は魔力に等しいものがある。
生粋のインド映画ではない、西欧人の監督の作品でありながら、
その伝統にのっとった『スラムドッグ・ミリオネア』は、
ありとあらゆる方面からハリウッドに刺激を与えたようで、
8つものアカデミー賞を勝ち取ったが、けっきょくそれは、
インド映画の持つ強烈なエネルギーとリアリズムの洗礼を、
練り上げられた脚本と、撮影、編集によって、
受けなおした結果のことだろう。


スラムドッグ$ミリオネア』の原作は『僕と1ルピーの神様』。
この原作を脚本化したのは、『フル・モンティ』を書いたサイモン・ビューホイ。
残念ながら監督のダニー・ボイルよりも、脚本家の名前を聞いて、
「なるほどやっぱり」という気持ちになった。
きっとホロリと来る社会派の作品、なおかつ面白いに違いないというイメージ。


しかし、舞台がインドで、スラムドッグという響きを耳にした時は、
思いのほかキツイ内容じゃないか・・・と、想像せざるを得なかった。
いずれにせよ自分が今まで見たインド映画が、
「胸にこたえる内容」なので、どうしても一歩引いてしまう。
しかし、やっぱり観たいという「怖いもの見たさ」。
このバランスの上で今回も揺れた。
そしてこの予感は当たった。
保護者同伴OKだったのだが、娘を連れていって良かったかどうか、
見せてしまってから言うのもなんだが、少々悩む所ではある。
親の適切な説明、フォローが必要な映画と言えるだろう。


ちなみに「ネタばれアリ」にしようか無しにしようか、
迷うところだが、とりあえず感じたことはメモっておこう。
忘れてしまい、後から書くのでは内容が変化していくだろうから。
まず、クイズ・ミリオネアが世界的な番組とは知らなかった。
だからインド版の番組の音楽が、日本と全く同じなのには驚いた。
だから、何だか日本のテレビ番組を見ているような、
そんな感覚にさせられるのに、その場面と交互に
目を背けたくなるような荒んだ現実、
一言では言い表すことの出来ないインドの現実が抉り出される。


クイズの答を知っている。偶然か運命か。単に運が良かったのか。
ラッキーとは言い切れない過酷な主人公の生い立ちが、
映画の中で撒き戻され現実の時間に追いつくまでが、
徹底したドキュメンタリードラマのオムニバス構成で、目が話せない。
笑いもあるが、冷たく厳しい生存競争と搾取、生き馬の目を抜く世界、
暴力と権力と金、偏見と差別、宗教とそれにまつわるもの、
悲惨としか言いようの無い生活の中で生き抜く逞しさ。
美しい自然と景色の中で、大勢の人混みとスラム街が町に変貌する過程、
ボンベイがムンバイになった、その変化の嵐の中で一体何が変わり、
何が変わらないのか。変わらずに存在し続けているのか。


人々の夢は、希望は、本当にミリオネアになること?
そうではないはず。その背後にある過酷な世界をわかっていてなおかつ、
純粋な気持ちで、ただひたすら信じ愛することで報われる世界と、
倦み疲れた日々の生活、番組の背景に、映画の向こうに、
凄惨な‘the struggle for existence’だけがあるなどと思いたくない、
自らの存在価値を試し、信じたい欲求があるのではないか?

ぼくと1ルピーの神様 (RHブックス・プラス)

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スラムドッグ$ミリオネア

スラムドッグ$ミリオネア

  • アーティスト: サントラ,A・R・ラフマーン feat.マドゥミーター,A・R・ラフマーン feat.ブラーズ&タンヴィー・シャー,A・R・ラフマーン feat.スザンヌ,A・R・ラフマーン feat.スクヴィンダル・シン、タンヴィー・シャー&マハーラクシュミー・アイヤル&ヴィジャイ・プラカーシュ,M.I.A.&A・R・ラフマーン,M.I.A.,A・R・ラフマーン feat.アルカー・ヤーグニク&イラー・アルン,A・R・ラフマーン feat.パラッカル・シュリーラーム&マドゥミーター,ソーヌー・ニガム,A・R・ラフマーン
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主人公はいつも兄に虐げられている。兄弟とはこういう関係?
しかし、兄は兄なりに弟を守っている。
夢見がちで現実に疎く、純粋であるが故に生き抜く力が不安定な弟を、
彼なりに守っている。兄として、そして自分の欲望と時に天秤に掛けながらも、
自分に無いものをもっている弟を彼なりに愛し、妬み、呆れ果て、
そして認めている。この関係が一方的な力関係ではなく、
お互いがお互いに欠けているものを補い合っている、
微妙なバランスの上で成り立っている。


人間関係の原点。愛しながら憎み、信じながら疑い、
もっとも近しい肉親だからこそ、心から心配もすれば躊躇無く犠牲も払う。
力でもって迫ってくる人間に対しては力で応対をすることは容易い。
だが、信念と情熱と愛だけで信頼を寄せてくる人間に対して、
どう振舞えばいいのだろうか。踏みにじるのは簡単だ。
しかし、そう簡単に踏みにじることが出来るのだろうか、
兄弟の間柄で。親を奪われてたった二人で生き抜いてきた過去、
生き方を全く別にした現在、そして、未来は?


スラムで生まれ育ったものに対する偏見、学歴・身分・職業。
様々な点で差別を受け虐げられている現実が、
TV番組の司会者の台詞・あしらいからもよくわかる。
人権問題的な突っ込みどころ満載のこの映画の中で、
男女間の問題、性的な問題、暴力と搾取の問題、貧困と富裕層の格差、
ありとあらゆる問題を内包する中で、もっとも訴えたいのは何なのだろう。


琴線に触れる、そういう微妙なツボを押さえるには、
余りにもそのストーリー展開と映像の持つ迫力が強烈で、
決して子供向けではないし、CGを使わないから、
尚更目を背けたくなるようなリアリティを持って、
畳み掛けるように迫ってくる内容に圧倒される。


神も宗教もここでは救いにはならずに、過酷な試練ばかり与える。
親は自分達を守るには弱く、幼くして親を奪われ、
兄弟はお互いを必要としながらも、目指すものが余りに違い過ぎる。
愛と優しさは、力と暴力の上に築くことが出来ないように、
神は兄弟の天分を分けて、世界に放り出した。
警察も治安を守るわけでなく、弱者に優しいわけではない。
主人公に関わった取調官が、「質問」し、主人公が「答え」た、
その内容が人生を語り、クイズの回答の背景を一巡して、
主人公の無為無策無心の純真さの上に、
「恵み」ともいえる運命の4択問題を与える。


その恵みに預かることの出来なかった主人公の兄は?
その恵みに預かることの出来た、幼なじみの少女は?
二人の生き方の違いは何だったのだろうか。
人知れぬ所で神に跪き、罪の許しを請う祈りを呟き、
生きるための府の部分を引き受けざるを得なかった兄の立場は?
そして周囲の圧力に一見流されるように見えながらも、
荒むことなく待ち続け信じ続けた少女の力はどこから?


ネタバレになっては、今から見る人に申し訳ない。
ただただ、心の体力がないと見るに辛い映画。
ロマンチックな恋愛映画でも、単純にハっピーエンドで終わる映画でもない。
どうせ主人公は救われるのだろうと、単純に手放しで喜ぶことが出来る映画でもない。
余りに色んな問題をはらんでいるからこそ、見応えがある。
だから選ばれたのだと納得するしかないような作品。
スラムドッグ$ミリオネア
これから見る人は、自分がぐっと来るツボはどこなのか、
結構悩むのではないかと思う。単純に嫌悪感だけで一杯になったら、
せっかくの作品も勿体無いので・・・。


最後に、家人はキーワードの『三銃士』を読んだことがないらしく、
私としてはがっくり。血湧き肉踊るこの作品の登場人物名ぐらい、
知っておいても損はない・・・と思ってしまうのは、
昔の世界の名作文学全集を読んだ世代のたわごとか?
英仏の微妙な外交問題の駆けを引き含めた政治、善悪の葛藤、
仲間との触れ合い、成長、恋愛も含め、いい作品なのに。
インドの文学作品に詳しくなるのは難しいけれど、
世界の文学ぐらいは・・・。
いやいや、「年寄り」のたわごとです。
何と言っても『三銃士』はこの3人が主人公のようで、
実際は4人目が重要ですから。


スラムドッグ$ミリオネア』の『三銃士』の4人目は?
皆さんは、誰だと思います?

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