Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

グラン・トリノ

最初何のことかわからなかった。車には詳しくないから。
クリント・イーストウッドが出ている。
それだけで無条件に、私の中では見なくてはならない映画。
その必然がありながら、仕事があるからと行かなかった。
その目の前のにんじんを、ぶら下げて走ることをやめて、
持ち帰り仕事を抱えつつ、さっさとにんじんを食べることに。
そう、今日、病院帰りの家人と『グラン・トリノ』を見る。


糟糠の妻の葬式の場に現れた孫のいでたちに唸る老人。
かっこよくもハンサムでもない、怒りに満ちた苦みばしった老人。
戦争経験あり、アメリカの典型的な中流階級の機械工、
フォードで働き、芝生のある家に住み、子どもを育て、年老い。
息子は日本車を売る営業マン、乗用車も日本車。
そんな息子に愛国心と誇りは無いのかと苛立ち、
祖母の葬式にへそピアスにへそ出しのあられもない格好孫娘、
物欲しげでぶしつけな言動、隠れ煙草。
こういう子どもを育てが息子夫婦への不信と諦め。
一生懸命生きてきたはずが、こういう家族しか持てなかったのかと、
自分の一生は何だったのかと歯噛みしたくなるような思い。


のっけからの葬式シーンで「不幸せで孤独な老人」であることが、
様々な視点から余す所無く描かれている。
それでいて、『ウエストサイド物語』か?とも見まごう、
不良の若者達の諍い、つるむ様子、度胸試し、仲間意識。
移民が集い暮らすアメリカの現実。白・黒・黄色の肌。
お国訛りの言葉、お国ゆかりの職業、当たり前の老後のはずが、
何故か両隣アジア系移民、こんな筈じゃなかったの主人公。
おまけに車泥棒は来る、ゴタゴタは起こる、短気な主人公は、
アメリカの銃社会、昔取った杵柄よろしく銃を持ち出す。


その日常的な、余りに日常的な毎日の生活の隣人が移民。
アジア系移民の中でも、さらにマイナーな存在。
その家族、姉弟に関わるうちに気付かされる真実。
疎遠な肉親と過ごすより、助けられたお礼と称して、
暖かい食事を運んでくれる隣人の方が、
当たり前の家族の雰囲気を実感させてくれるということ。

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ネタばれになってはいけないから結末は書かない。
せっかくの心の交流、父親代わりに少年や少女に接する姿。
老人の喜びが、お節介が、無残にも打ち砕かれていく時、
下された決断がどのような最期に結びつくか。
予想されたことではあったが、暴力に暴力で立ち向かわない、
この勇気をいまだ持てないでいるアメリカにとっては、
痛烈な一撃にもなるラストシーン。
数々の戦争によって国も民族も巻き込みつつ膨れ上がった国、
アメリカの懐を鷲づかみにするようなどんでん返し。


若い国。若者の国。上り坂の国だと思われていたアメリカが、
多くの戦争を経験して挫折し、老いを感じ、迷い、悩み、
死に場所を探す、死に方を見つけようとあがく、
より良く死ぬためにより良い生き方を、納得できる死に方のために、
価値のある生き方を、自分の存在意義を、死に値する生を、
威厳、尊厳、良心、良識、そういうものを意識させる。


無名の役者が、アジアの一民族の文化、風習、慣習が
さりげなく国際化社会、移民社会、ボーダレス社会を切り取ってみせる。
そして、話す言葉や生い立ち、言語、そういうものに関わらず、
思春期の若者の自立への悩み、生き方のモデルを模索する姿、
落ちこぼれ、徒党を組み、一族の面汚しと荒んで生きる姿が、
万国共通のものであることを映し出す。


自分達の手が届く日常に潜む哀歓、葛藤、憤り、後悔、悲嘆。
父親達の星条旗』『硫黄島からの手紙』よりもわかりやすい形で、
戦争で人を殺した慙愧に耐えない人間の鬱屈が描かれ、
償いにも似た生き様と死に方、涙為しに見は見られない結末を導く。
誰よりもガンの扱いの格好いいクリントイースト・ウッド。
マカロニウエスタン、暴力刑事と言われようと、
ケネディの時に「弾を受ける勇気があったのか」とさえ犯人に言われた
シークレットサービスを演じた時でさえも、
撃ちつ撃たれつ鮮やかなガンさばきだった彼が・・・。
ガンファイターだったクリント自身を、封じたとも言える映画。


観ていない方には「お楽しみはこれからだ」ですね。
ネタばれはここまで。さて、映画の中で主人公が乗っていた、
荷台の付いている白い車、あれって『マディソン郡の橋』で使った車?
そんなことを思いながら観ていた私。
そして、コワルスキーというポーランド系の名前を聞いて、
ミュージカル『ヘアー』の主人公も似たような名前だったなと。
「自分で何でもできる」と豪語しながらも、体力気力が萎えていく老人。
懺悔の場面にさりげなく挟まれた妻以外の女性とのキス。


人間らしい過ち。人間だからこその過ち。人間という恐ろしさ。
人間であるということの情けなさ、辛さ、やりきれなさ。
人間でありたいという切実な願い。人間としての誠実さ。
人間であるということは、どういうことなのか。
あらゆる問いかけを映画の中に散りばめて、
静かに「グラン・トリノ」は走り抜けていく。
いや、名作です。


死を扱いながら、『ミリオンダラー・ベイビー』のように苦くない。
それは逆縁の不幸という若者の死が描かれず、
老い先の短いものから死ぬという鉄則の中で描かれているから?
後味は爽やか。寂しいけれど、誇らしい気持ちにさせられる。
そんな映画。争議の場面のモン族の姉弟の正装が、
「威儀を正す」「礼節」「気概」にこだわった主人公の思いに適い、
逆に遺言状に群がる肉親の「欲深さ」「物欲」が際立ち滑稽だった。


世の中は「泣き泣きも よい方を取る 形見分け」の世界。
それをすっぱり切ってみせる弁護士の語る「遺言状」の内容が、
家族の断絶の深さを改めて突き付けている・・・。
親子、世代を超えた繋がり、人と人との出会いと別れ、
生と死って何なのだろうと、肩肘張らずに考えさせてくれた、
グラン・トリノ』いい映画でした。
やっぱりクリント・イーストウッドは凄い。
彼は私の父と同い年・・・。
色々考えてしまいます。いや、全く。

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