Festina Lente2

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どうやって元通りに

さて開店休業もどうやら今日で終われるか。
世間では相変わらず、もぐら叩きを楽しむような報道もあるが、
私たちは来週、これから先の見通しをつけて、
準備し、打ち合わせておかなくてはならない。
健康管理もさることながら、現場を通常の状態に戻す。
これは結構大変なこと。100%の元通りなんてありえないから。


どれほど多くの打ち合わせ、会議を開いたところで、
物事には「万全を期して」取り組むだけで、
何もかもOKということはありえない。
それはどんな物事でもそう。
どれだけ期待しても、望んでも、何かが起こってしまったら、
それを受け入れるために後でこじつけ、
納得するために理由をつけて頭で理解、
言い訳のように理屈を並べ、
何も無かった振りをし、
身体や心で感じたことを無視して、
現状維持といってみたり、回復と思い込もうとする。


見事なまでに取り繕うことができればいいが、
入らなくてもいいはずの亀裂が入り、
最初から破綻したものを元に戻すことはできない。
多くの市町村の小学校が普通の授業を維持したお陰で、
小学生の心身の健康は保たれた感がある。
少なくとも、娘を見ている限りでは、
インフルエンザの学級閉鎖の時よりも、欠席者は少ない。
だから、「学校生活は安全」「普通の家庭生活」の感覚。
変な怯えや先入観、後ろめたさを感じずに生活している。
でも、中高生は。患者本人や家族は別だ。


私は憂える。行政が、経済的な打撃や生活の麻痺だけを前面に
「普通に生活」しろ、元通りに修復しろということに。
単純に言葉一つで、宣言一つでこの1週間がもたらしたものが、
後々どんな風に尾を引いていくか。
私は憂える。情報に対する過敏で過激な反応。
抗菌グッズ育ちの抵抗力が無い、社会全体、マスコミ、政治。
売っているカブトムシは怖くないけれど、死ぬことがわからず、
電池を入れたら生き返ると思っていたり、
ばったや蝶は手で触れなかったりする、そんな子どもにそっくり。


とにもかくにも、小さな島国の中であっという間に
何かが流行り廃れるように、今回の騒動も治まってくれればいいが、
行政はどんな風に庶民の生活を「元通り」「普通」にするのか。
表向きはできると思っているのだろうが、
様々な形で亀裂が入り、問題発言が飛び交い、
妙な優越感、差別意識、隠れた攻撃性が噴出し、
現場をややこしくしてしまっていることに、
どれだけ気が付いていることか。

専門医がすすめる 働く人のメンタルヘルス・ミュージック

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感染症―広がり方と防ぎ方 (中公新書)

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思考としての感染症思想としての感染症

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身体に最初から問題があれば、どんな病気でも重症化する。
風邪が万病の元だといわれるのは、ごもっとも。
人よりも「免疫系」にガタがある身であれば、
人よりも注意して生活するのは当たり前。
でも、「羹に懲りて膾を吹く」生活はストレスがたまる。
「医者のさじ加減」ではないけれど、自分の生活守るに当たって、
良識の範囲の適度な自衛をしていても、罹るときは罹る。
それが病気の怖さであり、自衛の限界。


うがい手洗いを励行しても、インフルエンザが流行っている冬、
予防注射をしていてもうん悪く罹ってしまう。
だからと言って、医者を恨んだり、製薬会社に文句をいう人はいない。
環境・健康状態、すべてが完璧に機能するなんて思っていない。
季節性のインフルエンザに効く特効薬があるのに、
必要以上に恐怖を感じて生活そのものを貶めたりはしない。
罹患した人を差別したりしない。


なのに、季節性のインフルエンザよりも少ない患者数で、
右往左往しているのは何故なのか、よくわからない。
詳しい説明よりも何よりも、不安を煽るマスコミに対し、
野放しになっているのが言論の自由なのが怖い。
患者のプライバシーを暴き、標的にし、ニュースにして
メディアに流すのが当たり前のような雰囲気が怖い。
地域や人にレッテルを貼って、犯人探し。
対応・対策・敬遠・隔離ができないのは、
何か一つに原因があるからと決め付ければ安心できる?
物事は解いていけば複雑に絡んでいるものが、単純な様相、
単純なものが寄り集まり複雑な要因を形作るものなのに。


暴走族が事故を起こしても、怪我をすれば治療する。
人に迷惑を掛けたからと言っても、見殺しにせずに治療するのが、
医者の役目でしょうと言ったのは誰だったか。
目の前で苦しんでいる人を治療するのは当たり前でしょうと。
それが医療の現場ですと。
「感染拡大」を防止する措置。それは構わない。
なのに、そのライフラインを確保するために仕事をする人も、
住んでいる人も、全てが「汚染源」であり、
何でそこに存在しているんだと言われて、
必要以上の汚名を着せられているのだか、理解に苦しむ。


「自分に罪が無いと思うのなら、石を投げよ」の世界。
そして、石を投げまくっている人の多いこと。
クリーンルームで生活しているわけではないでしょうに。
新幹線も飛行機も動き、トラックは流通し、スーパーは開き、
人は行き来し、誰かと隣り合わせにすわり、仕事をし、
買い物をし、当たり前の生活が続いているのに、
何かに誰かに責任を負わせることで、OKだとでも?


レッテルを貼るのは簡単だけれど、はがすのは難しい。
それにしても、神様には感謝している。
医学の発達と、医療機関にもむろん感謝している。
新しい型のインフルエンザに罹ったとしても、大丈夫。
短期間で治る。今までのインフルエンザと同じ対応で、
今は、大丈夫。それが見えてきただけでも良かった。
こんな恵まれた「危機」で済んで良かった。


パンドラの箱」は、ほんの少し開いただけ。
なのに、そこから飛び出した厄災が、
私たちが最初に恐れたレベルの「猛威」を振るったならば、
この国は、あっという間に崩壊する。
その時こそ、どうやって「元通りにする」のか。
神様の手の上でシミュレーションさせられているのか、
しないでもいい右往左往を自ら作り出したのか、
それはともかく・・・。
私たちは、来週に向けて動く。
仕事も、生活も、お上の言う「普通の生活」を目指して。

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