Festina Lente2

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プライドと偏見

映画の中に現れる景色やちょっとした会話、
主人公達が交わす眼差しの強さ、表情に思わず見惚れて、
映画の中の景色に溶け込んでしまいたくなる時がある。
残念ながら日本の映画ではそういう気持ちにさせてくれる作品が少ないのは、
余りにも身近過ぎる景色のせいだろうか。


今週のNHKのBSはなかなか面白い恋愛が描かれている。
昨日の『ウィンブルドン』は、9歳の娘でも喜んで見られるような、
ある意味漫画チックで単純なラブストーリーだが、
プライドと偏見』(高慢と偏見自負と偏見と訳されてきたが)では、
小説を読むのとは異なる楽しさがあった。


当時の生活を描写する映画の演出−調度品、衣装、音楽、ダンス、住居等。
なかなか文字の上からは想像し難い世界が、どのように描かれているか、
そういう楽しみ方が出来る恋愛映画。古くて新しい恋の駆け引き、
器用な要で不器用な魂のすれ違う様、下世話で所帯じみた生活臭、
高貴で浮世離れした理想と若さゆえの苦悩。
家−親子や弟妹・姉妹の中でのやり取り、夫婦の機微。
滑稽さと暖かさを滲ませながら、描かれる自負、偏見の諸相が面白い。


思うに、イギリス映画の持つ暗めの陰鬱な、感情の漣が立つような場面。
「西岸海洋性気候」を背景に、晴れたり曇ったり、いきなり雨が降ったり、
霧が立ち込めたり、風が吹いたり。感情と天気が連動するような、
そんな景色が背景にある安心感? と言ったら語弊があるが、
そういう画面が延々と続くところが、恋人達の恋愛の行方以上に、
見ていて楽しくてたまらない。

映画『プライドと偏見』オリジナル・サウンドトラック

映画『プライドと偏見』オリジナル・サウンドトラック

主人公と同じ目線で動くのか、他の登場人物と?
誰の目線で動いている場面なのか、そんなふうに考えると、
映画の中に切り取られた画面は、一服の絵のようであり、
垣間見・覗き見の世界ともなる。
時には盗み聞きの、あるいは面と向かっての罵詈雑言の激しいやり取り、
かきくどく、泣き喚く、しなだれる、浮かれ立つ、思い込む、
様々な場面の展開が、その意味深で軽妙な会話、如才ないやり取り、
慇懃無礼な丁寧さ、たどたどしく無骨な情熱、傲慢で容赦ない捨て台詞、
ユーモアと愛情、怒りと戸惑い、本音と相反する態度。


見ていてじらされ、はらはらし、いつの間にか自分も主人公達と同じように
映画の中で呼吸し、湿った草原に服の裾を濡らして、思いつめて歩き、
息せき切って走り回り、白いリネンと思しき洗濯物が干された庭を歩き回り、
わくわくドキドキしながら、社交界に「自分」を置いてみる。
5人娘を片付けようとする母親、結婚に対する憧れを冒険する末娘、
愛娘を手旗したく無い父親、内気過ぎて咲く前に萎れている姉娘、
そこに現れる財産を持つ青年達。


現代であれば、どのような恋愛場面に置き換えればいいのか。
「学校に入っていないの? 家庭教師が付いているの?
 誰が教えているの? おかしいわね、音楽も絵も何もかも習うでしょ」という
あるべき女性の姿の押し付けに対して、「いいえ」と答える痛快さ。
年長者に対する反感と反抗、自分が与えられた環境への愛着とプライド、
結婚とは、恋愛とは、どのようなものか自分自身の考えや個性を、
どのように保ち続けていけばいいのか。


リボンを選ぶだけではない、壁の花になるだけではない、
選ばれるのではなく、自分が主体的に相手を選ぶのだと思っていても、
現実にはそれが許されない時代の、恋愛のハッピーエンド。
どんな風に邪魔や誤解、偏見、意地の張り合いが、
もう少しなだらかな筈の道のりに起伏を与えているか。
そんなことを考えながら見る映画は楽しい。

ちなみに主人公エリザベスを演じる、キーラ・ナイトレイ
多くの映画に出ているが、個人的にはこの作品の彼女が一番気に入っている。
識字障害にあって、様々な苦労を重ねて役者の道を進んできたことを、
確かこの映画のパンフレットで知った記憶がある。
日本には学習障害、特に識字障害に対する一部の認識はあっても、
個人指導が付くわけでも学力保障が為される訳でもない。
もしも、継続的な根強い指導が必要だとしても、
理論はあっても実行力にかける現場と人材と予算。
何よりも、本人のプライドを守って育てていく事が難しい日本。


自己実現に向けて、自分の能力を伸ばす事ができるのは自分の努力、
そして、克服できない障害は無いのだ、
個性を発揮することはあるがままを受け入れるだけではなくて、
それからどのように変わっていくかを個人が選ぶ事ができると、
自分の可能性を信じる自尊心を持つか持たないかを、
育てるだけの「周囲の状況」が、余りにも違う。


プライドと偏見自負と偏見
人間の成長に程よい、必要欠くべからざる自負心、
そういうものを育てるには余りにも問題が多い日本の教育の今。
学習障害の克服に対して、偏見が根強い日本。
学習障害の多様な支援に対して、理解がなかなか得られない日本。
今回久しぶりにこ映画を見ながら、主人公のキーラの美しさと強さ、
迫力とその背景に思いを馳せた。


より強く持って貰いたい、良い意味での「プライド」。
様々な角度から、自分自身が囚われ自由になる事ができない息苦しさ。
その一つ一つを外からではなく、内からもくだいていかなければならない。
その一つである、「偏見」。
恋愛を取り巻く生活の諸相一つとっても、しみじみと考えさせられる今日。

高慢と偏見 上 (ちくま文庫 お 42-1)

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高慢と偏見 下 (ちくま文庫 お 42-2)

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高慢と偏見〔新装版〕 (河出文庫)

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