Festina Lente2

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桃の節句にもの思う

ご馳走もなし、私よりも先に花粉症に悩まされている娘の
10歳の雛祭りは、生まれて初めて間近に見る七段飾りのお雛様。
桃の節句とは名ばかりの、桃も菜の花も飾らぬ雛壇に、
雛あらればかりが、どっさりとのっかっている。

音楽教室の帰りとて、仕事帰りにピッククアップするも、
何だか疲れてご飯を作るどころではない・・・。
今週は事務仕事に目が疲れ肩は凝り、帰宅するものの抜け殻状態。
ぼーっとTVの前で炬燵猫。せっかくのひな祭りなのに、
音楽教室の後は、娘の歯の矯正のため月一の歯医者の日。
予定をこなすだけで、どっと疲れる。


帰宅早々台所で、あれ? 元気にご飯を作り始めた娘。
何々、お味噌汁を自分で作るって?
何時の間に覚えたか、あっという間に人参・大根・じゃが芋、豆腐。
鍋に味噌汁を作ってしまった。
子供用包丁ではなくて、大人包丁も使えるようになっていたんだね。
いつもいつも仕事にかまけてほったらかし。
でも、4年生で手早く味噌汁が作れる。うーん。
親馬鹿かーちゃんとしては嬉しい限り。

 


お雛様を飾ってから、雨ばかりが続く。
春雨じゃ、濡れて行こうとは言うものの、
繊細な雛人形のこと、久しぶりに箱の外。
お雛様はしけってしまったのではないかと気が気でない。
子どもの頃、無知な私は色んなコマゴマとした物を失くしてしまい、
本来持つべき五人囃子の太鼓の撥やお内裏様の勺など、
何処に行ったのか分からないまま。

 


タイムトラベルに久しい飾りつけ。あの頃のお下げ髪の小学生も、
セーラー服の中学生も何処にもいない。
ここにいるのは、見知らぬ白髪交じりの中年のおばちゃん。
そして、昔のまま白皙の額も眩しく、楚々として麗しいひいな。
余りにも久しぶりの外界に戸惑った表情で、
約50年前のお雛様は現世(うつしよ)を眺めている。


昔は塗りのお道具類が何か、何に使うものなのか
さっぱりも分からぬまま、誰も教えてくれぬまま飾っていた。
調べてみることもないまま高校生、便覧の古典の挿絵で、
平安時代のお道具類と知ったのんき者。
親が初めての子どもである娘の為に、無理して揃えてくれたであろう
雛人形の価値も分からぬ子どもだった私。

おそらく我が娘も、母親が感慨深げに眺める雛人形たちが、
どれほどのものなのか、一つ一つの衣装や飾りが何なのか、
それほど興味を持たずに、季節の風物詩としてざっくり眺めているだけ、
興味津々で見入るというものでも何でもないだろう。
寂しいが、そんなもの。雛人形にこだわったのは小学校低学年まで。
されど、思い出の片隅に残るように、親は何がしかの風景を整えねばならぬ。
心の背景になるものを常に用意してやらねばならぬ。
ささやかな物が大きな影響を残すことも、
大きな出来事があっさり忘れ去られてしまうこともよくある世の中。


せめて、親がいた日々。共に何かをした思い出、何かを見た思い出、
その景色の中に、かーちゃんが自分のお雛様を飾っていたなあ、
大騒ぎをして飾り付けていたなあ、七段飾りの年代もの。
かーちゃんの年とほど同じ、そういうお雛様だったなあと。
娘よ、君がかーちゃんの年まで大事に持っていたら、
100年近い年代ものお雛様になるぞ。
もっともその頃かーちゃんは草葉の陰だな・・・。

人形はひとがた。私たちの諸々の災厄を背負い、身代わりとなる。
私たちの幸御魂を招く。荒御魂を宥める。
さて、お供えのお下がりの雛あられは何時頂こうか、娘よ。
幸福があられの数ほどに沢山ありますように。
人生の美味しさをぱりぽり噛み締めながら、
天気のいい日を待って、お雛様を仕舞おうね。

今日見たBS『デルス・ウザーラ』のように、
日々は素朴な生きる知恵に満ちた生活を。
小さな思い出を沢山沢山積み重ねておこう。
君が作ってくれた夕食の味噌汁。
田舎から送って貰った苺。
すんなり伸びていく君の手足。
風呂上りの君と差し向かいで飲む、白酒甘酒。
かーちゃんは、覚えておきたいものが沢山ある。
これから生きていくために、覚えておきたいものが沢山。
まだまだ楽しみたいことが沢山。

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