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『クィーン・ヴィクトリア 至上の恋』

夕方が娘向きの活劇ロマンスならば、夜のBS洋画劇場は大人の恋、
主人公を恐れ多くもビクトリア女王に据え、
若くして亡くなった最愛の夫君、アルバート公没後の、
スキャンダルともいえる女王の恋愛を描いたもの。
原題は「Mrs.Brown」強烈な題名だ。 
演じるのは『007シリーズ』で御馴染みのジュディ・ディンチ。
彼女は確か『恋に落ちたシェイクスピア』でもエリザベス女王を演じ、
女王の役どころにはまっていた頃。


決して美人ではないが存在感のある女優の、
難しいテーマにチャレンジしたともいえる映画。
イギリスという煮ても焼いても食えない複雑な気質、
何とも言えない憂愁と誇り高さを滲ませて、
恋する女性、寂しき女性を演じていた。
友も選べず、一人で過ごす事も許されぬ。


庶民の好きなスキャンダル、今でも王室は色んな話題を振りまいている。
それに比べれば、日本の皇室はまだまだ「竹のカーテン」なのかもしれない。
結婚、離婚、王位放棄、事故死、何でもござれの王室。
むろん皇室だって歴史を紐解けば血生臭いことこの上ないが、
20世紀以降はイギリス王家ほど「盛ん」ではない。


それにしても夫君を亡くし、喪に服す女王の気分転換が、
乗馬、遠乗りというのは、さすがイギリス。
服喪よりも国母であることを要求する家臣団の、
ブラウン氏に対するぎこちない冷ややかな対応が観もの。
家庭的であろうとすればするほど浮いてしまう、王家の女性。
一人の女性であろうとすればするほど追い込まれる。
全く立場は異なるものの、レディ・ダイアナを少し思い出した。

クイーン・ヴィクトリア?至上の恋?【字幕版】 [VHS]

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寒々としたハイランド、その荒涼たる景色、
すがすがしくも荒々しい自然の息吹に癒されていく女王。
バイキングや中世の戦士が駆け回るような野山、
そこにスコットランドの盛装で待ち受けるブラウン氏が、
盛装であるが故に威厳と同時に滑稽さを添えて佇む。
余りに女王が長い喪に服した為に、黒が流行し、
宝石さえも黒のジェットが主役になったという。


その女王と娘たちが水浴するシーン、服のまま泳ぐ場面。
まこと役者というのは大変だなあと思った。
馬に乗り、楽器を弾き、歌を歌い、詩を読み、湖で泳ぐ。
ハイキングを覗き見するやから、今も昔も変わらぬデバガメ根性。
大衆紙がスクープと称して記事を書きたてる。
話題になる、政治的な局面に発展する。
側近達との諍い、そして女王との諍い。


尽くしても報われぬとわかっていながらも、
尽くさずにはいられない、それが至上の愛なのだが、
相手が相手なだけに、周囲は心から祝福などはしない。
女王が望めば「NO」はありえない世界、
そこに取り入ることが出来た者としてやっかむ僻み根性、
妬み嫉み陰口陰謀だけが渦巻く宮中内。


寡婦となった人生を豊かにすべく女王は腐心したが、
人生の後半は人前に出ることを好まず、
静かに過ごすことを望んでいたようだ。
夫を王として認めることのなかった議会、国家、国民。
夫を責務から遠ざけることが出来ぬまま、
自分の身代わりになって、寿命を縮めさせたのではと、
後悔と自責の念で一杯だったのだろうか。
日の沈むことなき帝国の女王は、想像するより遥かに孤独で、
心穏やかならぬ半生を過ごしたようだ。


もっともそれは庶民が知る由もない、帝王学に学んだ者の孤独、
王者としては当たり前に享受しなければならない生活、
受け入れることが是、否定する事はできない人生だったのかもしれないが、
幸福かどうかと問えば、なかなか難しい。
王室や皇室に縁ある者の、一般とは異なる基準で見なければならぬ
人生の一部始終を、とある側面から演じたジュディ・ディンチ。


そしてこういうスキャンダルを、真っ向から映画に仕立てるイギリス。
まことに大人で食えないお国柄だと思う。
日本なら、こんな映画は作りようがないから、ね。

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