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『植物図鑑』

昨日は勤務時間が終わってからの出張ということもあり、
なんとなく気忙しく落ち着かなかった。
午前中にきちきちに予定がつまり、頭の中が沸騰。
午後からは明日明後日の催しに向けて連絡・確認怠りなく、
そして初めての場所に出向き・・・。思いのほか道はすいていて、
約束の時間より早く着き過ぎること20分。
ビルに駐車場が見当たらず、向かいのコンビ二にて休憩。
水分と糖分を補給した。
・・・気付けば昼食を取る暇もなく、夕方を迎えていたのだ。


この所、暇を見つけてはぽつぽつ読んでいた本がある。
老眼と忙しかったのと、行きつ戻りつ楽しみながら読んだので、
結構読了するのに時間がかかってしまった。
というのも、専門書と違ってベタな世界に浸れる分には、
どっぷりに浸り切ったほうが楽しいので、
漫画を読む際さっと目を通してからじっくり読み返すように、
この甘々の恋愛小説を楽しんだ。
仕事がきつかった分、目から摂取する甘味料のような感じの読書。


『植物図鑑』、題名だけ聞くと、「何だこりゃ」でしょ。
図鑑なんて読むものではなくて眺めるものだと思うでしょ。
でも、著者は有川浩と聞けば、若者向きの本でも読む読書人は
「ああ、あの本ね、話題になった」と思うはず。
そう、植物図鑑と銘打っておきながら、実は恋愛、
今時珍しいぐらいの昔風少女小説・少女漫画レベルのの純愛。
だから受けるのかもしれない。
今の若い人は変に屈折していて、軽いように見えて、
軽やかに本当の恋愛を手に入れるわけではなく、
間に合わせの恋愛で欲求不満になっていたりするから。


それはともかく、少女漫画もどきの表紙と場違いな題名が、
私を食わず嫌いにしていたのだけれど、
口コミで広まる「本物の味」「懐かしい味」に似て、
いったん口にしてはまると病み付きになるというか、
ミニミニ非日常へのトリップ、気分転換のツボにすっぽりはまった。


読書メーターの感想を転載しておく。
―『阪急電車』に次いで、有川浩の2作目。
イラストで腰が引けていたけれど、食わず嫌いだったと反省。
食堂かたつむり』よりも、こちらのほうがずっと自分にあっていると思った。
とにかく、図鑑と銘打っただけに、懇切丁寧に自然を料理している様子が、
薀蓄と料理にうるさくなってきた世代にとっても
楽しい読み物だと納得。生活の礎の食べ物を描きながら、
季節や自然を愛し、人と繋がる様がほのぼのとしてよかった。―

植物図鑑

植物図鑑

阪急電車

阪急電車



季節季節の花や草木を愛することができるようになったのは、
いつからだろうか。小さい頃から自然に親しんだと思っていたが、
ごくごく一部の庭木や雑草を知っていただけで、
自分の住んでいる地域、理科の教科書、実家の庭、
「雑草という名の雑草はない」のは確かだが、
見た覚えはあっても名前までは記憶になく、ましてや、
食べられると知っていても料理したことのない野草は多い。


しかし、野蒜やにら、すかんぽにタンポポ、蕨にぜんまい、
知っていても自分からは摘んだりしない。
採って遊んだのは子供の頃のままごとの世界。
ふきのとう、独活にたらの芽、それは大人の味覚。
子供の頃に味わって食べたりはしない。
そうやって考えてみると、自然恵みを身近に感じていた頃、
実際に食する機会は少なく、大人になってからはお金で買い、
何だか勿体無い限り。


タンポポのサラダも、筑紫のはかまをとるのに時間がかかり、
灰汁はきつくて湯がいくと水が真っ黒になるのも、
経験していればわかること、その思い出にも似た野草料理、
郷土料理、田舎料理、祖父母の食卓の味わい、
新婚の頃を、娘が小さかった頃の春の散歩後の食卓思い出させる、
『植物図鑑』の料理エピソードの数々。


もっとも、あれこれ薀蓄を垂れる男性が料理してくれる、
なんていうおいしいシチュエーション、
今時の弁当男子を髣髴とさせるものもあって、
この作品、意外と時流に乗っているのかもしれない。
外食とコンビに弁当で生活しているOLが、
ひょんなことから知り合った行き倒れの青年をハウスキーパーに、
いつの間にやら良い仲になっていく。


ワープロ変換していたら「いい仲」と打つはずが、飯仲。
確かに々釜の飯を食ったら良い仲になるはず。
ともに食材を採り、食する間柄がそのままで終わるなんて、
健全な男女の仲である筈がない!?
ともかく、ヒーローとはいえないニューヒーローが、
突然姿を消し、目で見て舌で味わって、思い出深く食い込んだ
彼を追い求めながら過ごすヒロインのけなげな日々は、
家事1年生のお料理修行さながら。


最終的に彼は、華道のお家元の跡取りを蹴って、
彼女の元に舞い戻ってくるわけだけれど、
そのベタな設定も、華道や書道の世界で男性が活躍し、
歌手や俳優、芸能人のようにもてはやされる今の流行?
21世紀の初頭の日本の恋愛小説としてはおいしい設定なのだろう。


かつて向田邦子が『花の名前』の中で、
妻が教えた花の名前をせっせと出世の道具、
(上司の奥さんのご機嫌取りか何か)に使っていた夫が、
妻と疎遠になっていく、そんな話があった。
花の名前を教えることで、夫より優位に立っていると
思い込んでいた妻が、いつの間にか夫から置き去りにされていた
「すれ違い」を描いていたかと思う。(うろ覚え)


今のご時世は男性が女性に花や草の名を教え、
ハウスキーピングを伝授するのが「受ける」のだろうか。
時代が変わったと言うべきか、
草花の名の扱いも、男女の仲の表し方も変化したものだ。
そんなこんなで、あれこれ思いながら、『植物図鑑』を楽しんでいる。


ちなみにこれは『食堂かたつむり』と違って映画化しにくいだろう。
1年間掛けて沢山の野草を、雑草をカメラに収め、料理し、味わい、
またまた、一人で作りながら失敗しつつ家事に精進するヒロイン、
手仕事鮮やかな若きをのこと不器用なヒロインを撮るのは、
自然描写とあいまってリアルさが要求されるだろうから、
時間と手間がかかって映画化しにくいだろう。
何しろ、『植物図鑑』なのだから、省略し過ぎては話にならない。


だから、心の中で郊外のサイクリングロードを思い浮かべながら、
主人公たちと一緒に歩き回る、食味の世界を楽しむに限る。
そんな軽く楽しめる読書。『植物図鑑』のべたな世界。
仕事山積の息抜きにちょうど良い。
ベタな定型がちょうど。

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