Festina Lente2

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狼は天使の匂い

「愛しき者よ、
 僕達は就寝時間が来たのに眠るのを嫌がって、
 むずかっている年老いた子供にすぎない」
           〜ルイス・キャロル


不思議な映画だ。不思議なオープニング。
あえて言えば、フィルム・ノワール世界に通じる
暴力的な唐突さに引きずり込まれていく。
「ガラス球演戯」という言葉を思い出させる冒頭の画面、
今流行のボーイズ・ラブとは異なるものの、友情と少年愛と、
思春期前後の揺れる心をミックスした感傷的なオープニングが、
通奏低音のように流れ続いてエンディングのクライマックスに。
NHK的な前衛的な終わり方。後は各自の想像力に任せる。
各人の責任を持って、その解釈力が試されるような終わり方。


暴力的で執拗な追跡劇、公開された当時はジプシーと訳していたのか、
今では字幕にロマという訳が当てられている、流浪の民
恋の鞘あてもあれば、ろくでもない強盗内での力関係、
それぞれの立場を巡る争い。ちょっとしたゲーム。
どんどん深みにはまっていく主人公。
その場を取り仕切る不思議な魅力を持つ男。
一攫千金を狙う計画。


昔懐かしい画像に惹かれて、ついつい深夜映画を見てしまった。
しかし、不思議な魅力はあるが、『地下鉄のザジ』や、『昼顔』同様、
独特の展開、緩急のリズムがつかめない唐突なストーリーが、
今のハリウッド映画の荒唐無稽さとは異なる次元で展開する。
なぜこうなるのか? 
斬新な未来派を気取りながらも、無茶振り的な展開をする
リュック・ベッソンなどに通じる「気だるい」暴力。


ベタなネーミング。
肉感的な大人の女、料理と家事のシュガー(レア・マッセリ)と、
狩りに出かけ、怒りに任せ銃をぶっ放す尖った少女、
細身で若く可憐なペッパー(ティサ・ファロー)。
兄貴を殺した張本人と恋人同士って、そんなのありな美少女。
当然三角関係の中を泳ぐことになる、主人公トニー(ジャン=ルイ・トランティニャン)。
自分には責任が無い事故なのに、復讐に燃えるロマに付けねらわれているという設定。


このわけのわからない集団を締める要となるリーダー、チャーリー。
不思議な存在感で光る演技、チャーリーには名優ロバート・ライアン
この映画は彼の晩年の作品、この時は既にがんに侵されていたらしい。
実に渋い。表情もいい。決してハンサムではないのだが、
味のあるいい俳優だ。

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カトリーヌ・ドヌーブやソフィア・ローレンを子供時代に見て育つと、
こういう映画の女性たちが意味もなく懐かしい。
何がしかの女性像として頭の中に刷り込まれているのかもしれない。
また、男たちの行動も馬鹿馬鹿しいくらい子供じみていて、
真剣であればあるほどゲーム感覚という、スリルを求める遊び心が、
舌打ちしたくなるほど時には苛立たしく、時にはかわいい。


フィルム・ノワールといわれる映画がみんなこんな雰囲気なのかどうか、
私にはわからない。子供の頃映画館で見たはずもなく、
切れ切れに記憶しているのは、どこかで放映されたのを垣間見たからで、
しっかり記憶に刻んで観たという実感に乏しい世代だから。
大体にして、深夜映画を観るようになったのはそれなりの年だし、
ビデオやがはやる以前のTVの洋画劇場で見たかどうかも覚えが無い。


なのに、郷愁にも似た哀しさ切なさで胸に迫る画風に、
ずるずると深夜の時間を使ってしまった。
いったん観だすと、最後がどうなるのか気になって仕方が無い。
それで、軽いナンパシーンに出てきた白い服のねーちゃんが、
これまた真っ黒な存在で、主人公たちの計画をぶち壊しという、
とんでもない第3の女。ある意味キーパーソン。
彼らの遊び心満載の記念写真のど真ん中の彼女は、
彼らの全てを根こそぎ崩壊させる、トリックスター
ああ、これがいわゆるファム・ファタール?


こういうのに係わるというか、引っかかってくるのが、
幼いというか本能的に行動する、腕っ節だけで
頭の軽い間抜けなでっかい坊や役、
元ボクサーの大男マットーネ(アルド・レイ)。
そして、計画の大事な場面で時間を間違える、
芸術家肌のリッツィオ(ジャン・ガヴァン)。
彼が自作のチェスの駒を自慢するシーンがあったが、
肝心の場での「つみ(チェック・メイト)」の甘さはどうよ。
だが、彼が一番憎めなかったなあ。


そして、最期。恋人と逃避行できるはずなのに、
チャーリーと死を覚悟して銃撃戦。
ビー球が転がる階段。
そこに浮かぶ子供時代の映像。
シュールで甘美な思い出をまといながら、フェイドアウト
ちょっと狐につままれたようなエンディング。
これが当時の最先端だったのか。
ああ、また夜中までBSで映画を見ちゃった。

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