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歯内治療一区切り

やっとこさ歯内治療科も保存修復科も治療が終わり、
元のブリッジを作るために、補綴咬合治療に戻ることができる。
しかし、元々あったブリッジを外して根管治を行った結果、
削った歯は大きく残された部分は小さい。
ここに元々あったような土台を作ることができるのかどうか?
土台を入れ損なってしまえば、土台そのものが歯根に打ち込む楔になり、
残された歯そのものが破折、抜歯しなければならない状況になる。
本末転倒。怖過ぎる。


8020運動。歯磨きしていても、結局以前の治療が悪い、
根管の先端まで薬が行き渡っていない、
年齢的に歯茎が出てきて知覚過敏、
歯並びのせいで虫歯になっても仕方ない状況、
色んな説明をされるけれど、何もかも後手後手で、
治療しても追いつかない対症療法の連続。
そんな気がする。歯の丈夫な人が羨ましい。
世の中にはあんまり熱心に歯磨きしなくても、
虫歯にもならない人がいるとか。全くもって羨ましい。


更に、元の補綴咬合の主治医となかなか連絡が取れない。
来院される日が限られているから。
カルテ上の引き継ぎ、その専門的な部分は私にはわかりかねる。
残された歯の部分の状態を診て、ブリッジに必要な土台の素材を決めるという、
歯内治療の先生の言葉。専門家の言葉を信じて、治療を受けるのみ。
どうなるのか、私の前歯。しっかり発音できなければ、仕事ができない。


歯の治療は噛み合わせといい、食事時の噛む時の感触といい、
色んな部分での影響が大きい。話す時の発音、舌の回り具合、
自分の歯が人工的になっていくに従い、老化した舌が回らなくなる、
そんな違和感を感じながらリハビリしている、そんな気がする。
そして、人工的な歯に年齢的に隙間や歯茎に詰まる食べ物のカス、
引っ掛かりの多いことに、苛々させられながらの食事、食後。


些細なことで腹を立ててはならぬ、苛立ってはならぬと思いながらも、
三食毎の煩わしさに、苛立つ時は苛立つ。
そんなことなど気にせずに物を食べられる、そういう時は少ない。
意識して、「こんなものだ」と諦めつつ食す、そういう年齢?
そんな状況? そう思う時さえある。


老父が部分入れ歯を嵌めずに、柔らかい物を食べたがるのもわかる。
自分の歯で食べられないことが、どれほど煩わしいことか。
幸い予防医学が発展して、子供の虫歯は減っている。
歯槽膿漏さえもかつてよりも減っているそうだ。
それよりも、私のように苛々して歯を噛み締めたり、
無意識のうちに歯軋りしたり、歯磨きに力を入れ過ぎて、
歯茎の部分を傷めたり、その結果細かい割れ目・ひび、
単なる知覚過敏の陰に隠れて歯を痛めて
歯根破折に至るケースが増えているそう。

TOOTH WEARと象牙質知覚過敏

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全身疾患VS歯科治療―有病者歯科ポケットブック

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ここに紹介されて来るきっかけも差し歯が折れたせい。
ドライフルーツを齧った途端に、根っこまで裂けたせい。
歯がそんな風に折れたりするなんて、思っても見なかった。
外傷でもなく普通に噛んだだけで、そんなことが起こるなんて。
年? 次々に割れる。
多分、家人が入退院を繰り返して眠れなくなったあの日あの頃、
無意識に食いしばった歯は、目に見えない亀裂を作ったのだ。
心の中もひび割れてバラバラになったように。


あれから5年、歯科治療はどこで終わるだろう。
一区切り、補綴科では滞りなくブリッジが入ればいいが。
心配で心配で、仕方がない。
神経質になり過ぎてはならないとは思うけれど、
残された歯と元気にやっていけるのだろうか、
自信を持って口元を見られてもいいと、
人に会っても恥ずかしくないと、
そんな風に思いながら生活できるだろうか。
気にし過ぎかもしれない。
でも、それは歯の治療の必要のない人にはわからない不安。


痛みや不安の問題は、個人的な感覚が強過ぎて人にはわかり辛い。
医師の説明責任の明確さは、ある意味、不安を取り除くよりも、
治療法を決めるのはあなたなので、治療結果はあなた次第ですと、
脅されているような気分になる時も無きにしも非ずの現在。
後から何か言われたら困るので説明はするけれど、
その説明は医師側の納得のレベルで行われるものであって、
患者の側の理解のレベルや納得、不安や期待との秤をかんがみての、
配慮の元に為される説明ではないことも多い。


各科の対応の違いが、ある意味勉強になるものでもあり、
謙虚にさせられることもあり、ありがたい事もあり、
腹立たしく不安な時もあり、様々なのだけれど、
それは医師個人によるものなのか、自分の受け取り方なのか、
状況によって異なる。いつも同じ関係、在り方ではないから。
でも、結局患者の側は受け身なのが普通だ。
それ以外に何ができるだろう。
時には質問や疑問を投げかけると、クレーマーだと思われかねない。
反対に、よりわかりやすく応対され安心することもある。


なかなか言いだせないこともあり、体調に左右されているのか、
違和感そのものなのか、納得できないことなのか、
自分自身にもわかりかねることがあって、不安になり、
痛みなのか、そうではないのか気になりながら、
「しばらく様子を見て下さい」の言葉を頼りに、
遠のく痛みや違和感にほっと胸をなでおろすその後であったり。


医師の立場からすれば、全くもって扱いにくい患者なのかも知れない。
でも、私も含め多くの患者は自分の今を、
症状にかかわる全てを、主治医に委ねている。
ちょっとしたことにも左右される。
安心したいために不安の種を撒く事もある。
安心の裏返しの不安、不安と表裏一体の安心を求めて、
自分自身を持て余しながら、治療を続けている。
おそらくどんな病気でも怪我でもそうだろうけれど。


一区切り。更にその先に何が待っているのか、
今の私にはわからない。
連絡が取れるかどうか、それが問題。
メモだけ渡して帰宅。来週は仕事で出張。帰阪するのは週末。
治療を続けるというのは難しいことだなあ・・・。

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