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武士の家計簿

珠算塾全盛時代に育った私にとって、算盤は懐かしい。
今や初段まで練習し、検定1級を取ったその腕も錆び付いてしまった。
されど昔取った杵柄、暗算だけはまだ少々速い?
あの頃はのんびりした時代。
商業高校の教師の副業で珠算塾が開いており、
ご夫婦で営まれていたそこは、同年代の子供たちが居て、
珠算塾に通っているのか遊びに行っているのか分からないような、
そんな環境で小3から小6までの4年間を過ごしたのだった。
やめたのは引っ越ししたから。近ければ中学に行っても、
商工会議所の初段を取るために通っていたと思う。


そんな私は、一人娘の教育ためにと
近所に珠算塾を見つけることが出来なかった。
というか、小3まで学童保育に入れていたため、
保育園から始めていた水泳やピアノに加えて
新しく習い事を始めさせるの少々難しかった。
書道にするか珠算にするか悩んでいるうちに期を逸し、
我が家で算盤玉を弾く音が聞かれることは無いだろう。
だからせめて、家族で見たかった映画。『武士の家計簿』。
もちろんこの時代のように私は二玉の算盤を弾いたことはないが。


士農工商の時代にあって、
卑しい商人の如き金勘定と蔑まれていた仕事、
御算用者は一段低く見られていたというから皮肉だ。
今では財政を任される経理という仕事は、無くてはならないものなのに。
算盤馬鹿と言われようと、人間コンピューターになりきって仕事をせねば、
藩の財政立ち行かぬ縁の下の力持ち。
親からも「誰に似たんだ」と訝られるほど、生真面目な算盤馬鹿の主人公。


結婚し、職場では納得の出来ぬ不正が横行。
改めて足元を見れば家計は火の車、
侍の恥も外聞もなく一大決心、一大改革。
息子のお披露目の袴着を節約するため、絵に描いた鯛。
両親の趣味の道具類も、思い出の着物類も売り払い、
息子に家計簿を付けさせ、厳しい躾と教育を施し、
叩き上げともいえる御算用者に息子を育て上げ、
大村益次郎にその才能を見出され重用され、
それが後の明治の海軍を支える人間になっていくとは・・・。
まるで「坂の上の雲」とタイアップしたような話。


どこにでもある親子や夫婦の葛藤、職場での微妙な立ち位置、
家庭内教育、職業・仕事への姿勢や心構え、節約倹約はもとより、
今でも手本にするべきエコライフを実施していた江戸時代を、
更にその先端を行くスーパー節約で乗り切って、明治に繋いだ、
その家族の生き様が暗く湿りがちにならずに描かれていた。

武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新 (新潮新書)

武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新 (新潮新書)

映画『武士の家計簿』で巡る百万石の金沢

映画『武士の家計簿』で巡る百万石の金沢


時代の変遷、それも江戸時代から明治維新を経て、
日本が最も荒れ狂った近世から近代への節目の時期を、
名もない一家族がどのように乗り切っていったのか、
実際に見つかった家計簿から掘り起こしていったというこの作品、
篤姫』でブレイクした堺雅人が主人公となって、
柔らかい雰囲気を保ちつつも、頑として譲らぬ個性を発揮し、
物語の外枠とストーリーをきちんと締めている。


脇役はその老け具合に自分の年齢を感じさせる中村雅俊
朗らかでやんわりしたベテランの華を添える松坂慶子
女房役に頼りがいのある若手といった感じの仲間由紀恵
孫に算術の問題を問いかけるおばばさまに草笛光子
TVや映画でお馴染みの名優がしっかり堀を埋めての万全の構え、
歴史好きにも、そうでない人にも楽しめるホームドラマのような仕立て。
見易い映画を作ったのが成功だったようだ。


この作品を見るに当たって訪れた映画館、梅田ピカデリー。
実は新年1月半ばをもって閉館となる。
時代の波でシネコンには勝てず、大阪駅の再開発に伴う形で、
新しい施設の中に出来る映画館に吸収される形となって、消えるのだ。
少々地下鉄やJRの駅から離れて不便だったこともあり、
昔のビルの中にある映画館は続々と閉館していく大阪。
主流ではない別の映画を上演する形で残せばいいのに、
このビル、うわもの、どうするのだろうと他人事ながら気になる。
今回の映画も大阪で唯一バリアフリー、日本語字幕上映を行う映画館なのに。


娘も初めて来た映画館が閉館になると知って驚いている。
まだまだ綺麗で新しい座席、ビルの中とはいえ大きな広い空間、
贅沢な映画館が、時代の流れに押し流されて消えていく。
勿体無いといえば勿体無い。
ピカデリーの名前も無くなってしまうのか。
トイレに行く階段の絨毯の幾何学模様も美しく、傷みも見られない。
幕末を乗り切った節約倹約の映画を見た後、
先行きの見えない21世紀の初頭、駅前開発の波に飲み込まれて
消えていく大阪の映画館に別れを告げて帰る私たち。


ビデオ・DVD・ブルーレイ、何でも映画は見られる、
映画館にわざわざ交通費を掛けて出向かなくても。
確かにシネコンは便利だ。しかし、それは郊外型だったので、
都会の田舎、田舎の都会に住んでいる人間にとっては、
街中まで出かけなくて済むから便利なので利用していたに過ぎない。
街中の映画館が、古くからの映画館がなくなっていく。
お子様向けのどこでもやっている同じような映画ばかりが増え、
一味捻った、特別な外国映画や邦画を上映する映画館は減った。


採算というものを度外視した経営は成り立たない。
武士の家計簿』も然りだが、誰もが消費ばかりに走り、
毎年バーゲンに出かけ、福袋をぶら下げたがる、
何かを新しくしない時がすまない、使えるものでも捨ててしまう、
そんな風潮の中で「古い」と切り捨てられていくもの。
何て勿体無い。そしてこの映画館で見た作品が『武士の家計簿』とは。
何て皮肉なこと。


親子肩寄せ合って、倹約セルフうどんのクリスマス。
その分の費用は家族映画『武士の家計簿』に。
算盤型の珍しいパンフレットを押し抱きつつ帰る、
クリスマスの夜。