Festina Lente2

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芭蕉忌といえど

芭蕉忌といえど何やら暖かき」。
本来ならば、芭蕉忌だという本日。
しかしそれは、旧暦の10月12日。実際には今年の何日になるのかな。
だから、本来はもっと寒かったはず。
何しろ辞世の句が「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」なのだから。


大阪は俳聖芭蕉の旅路が途切れた、人生終焉の地なのだが、
当時は勿論「大坂」。本当に旅路で客死が本望だったのかどうか。
文学関係で読んだり図を見たりする限り、
どう見ても芭蕉は「じーさん」になって亡くなったと思っていたのだが、
実は享年51歳。・・・私より若い。おっとっと。
いやはや、愕然とさせられる。だから昔の人は言った。
人生50年と。


向田邦子が亡くなった年も、芭蕉の年も、越えちゃった。
改めて今の時代、「長生きでよかったね」と思うべきなのか、
無駄に寿命が延びているね、なのか、
何も出来ないままで年だけ重ねている自分に愕然。
芭蕉忌に馬齢を憂ふ 散歩道」。


そんな自分と同様、無駄に温暖化の進んだ地球は異常気象。
10月といえど何だか暖かい。金木犀は散ったのに、
まだ半袖で過ごしている今。本来ならばもう少し、
冷え冷えしてもいいような。
何しろ日中25度もある、汗ばむ陽気。
洗濯日和といえば、そうなのだけれど。


芭蕉忌といえど明るし 白き風」。
彼が老成していった年月、私はどんどん? 若返っている。
・・・精神年齢だけが。
体はさすがに思うようにいうことを聞かなくて、
特に、疲れが簡単に抜けず、だましだまし。
もっと遊びたくても、丸一日出掛けて遊べば次の日が持たない。


芭蕉忌と聞けば健脚我も欲し」。
奥の細道』では健康を気遣う芭蕉の姿があった。
歩くことが移動手段の当時、お灸を据えて足を労わり、
旅支度をしながら、いまだ見ぬ地に憧れ、
うずうずしていた彼の姿を今、湖の年齢で思うと、
健康で何の憂いも無く旅を楽しめる年齢ではなかったのだと、
今更ながらに思い至る。若い時は何も思わなかったが。


奥の細道」冒頭部分、彼は未だ見ぬ奥州の地を心に思い描いた。
その東北の地、あの震災から半年以上たった。
芭蕉が見た景色は、どれだけ残っていることか。
芭蕉忌に故郷(ふるさと)思ふよもすがら」。


本日、芭蕉忌。陰暦ではまだまだ先のことだが。
駄作ばかり並べてしまった・・・。

芭蕉 晩年の孤愁

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芭蕉「おくのほそ道」の旅 (角川oneテーマ21)

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