Festina Lente2

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戯れ言戯れ言

あっという間に神無月も月半ばとなる。早いものだ。
読書の秋だというのに積ん読書ばかりが増えていく。
娘に洗脳された頭には、漫画ばかりが心地よい。いや、逆か。
私の血が流れているから漫画の方が好きに決まっているか。
ということで、アマゾンで取り寄せたCDや漫画、その他の本に埋もれ、
読書三昧となればいいのだが、そうはならないのが凡人の生活。


若かった頃、まだ若いと思えた頃、
若いとは思えないけれど年寄りだとも思わなかった頃、
若いとはこういうことだったかと、かなり距離をとって思い始めた頃、
決して自分は若くないと当たり前に肯定できるようになってきた頃、
今は? そして今はどういう時なのだろうか?


眼鏡が無くても読めた頃、眼鏡を掛ければ読めた頃、
眼鏡を掛けても読めなくなってきたと感じるようになってきた頃、
眼鏡を掛け替えて読むのが面倒臭くて読まなくなってきた頃、
読む読まないなんてどうでもいいやと思いたいけれど、
すっぱり諦めきれなくて、何だかじたばたしてしまいそうになりながら、
腰が重いというか、何というか、結局読まずに過ごす時間の方が圧倒的な今。


音楽は新しいものよりも古い馴染みのあるものがしっくり来て、
懐メロが好きなお年寄りの心境がわかるので、
70年代ロックにBGMを合わせて生活する自分が、それこそしっくり来る。
古い葡萄酒は古い革袋に、新しい葡萄酒は新しい革袋に。
でも、自分の脳みそは「ワイン」如き上等なものではないけれどね。


そんなことを考えながら、ふと気付くと、
気分転換に読んでみろと貸して貰った漫画ばかり読んでいて、
まともな読書を全くしていないことがわかった。
仕事本は斜め読みで、読み込むようなものでもなく、
さらりと立ち読み斜め読みでは、本来の意味では読書と言えぬ。
愕然としながらも、ああ、TVドラマで見る韓国王朝もの、
アニメで観る妖怪もの、そんな非現実的なものに囚われている自分。


年を取ってもあんまり変わらないみたい。
というか、本質的に人間変わらないって改めて、
何度も何度も噛みしめるために、年を取るのか。
それとも、ああ、こんな年になっても人間って変われるんだねと、
ドラマチックな前向き気分になれる日を目指して、
雌伏の時? なのだろうか。
このまま突っ伏したままの前のめりじゃ、龍馬にも呆れられる。


「何も足さない、何も引かない」そんな言葉を昔、
TVのCMで聞いたような気もするが、押して駄目なら引いてみな、
足さなくても引かなくてもいいような完成品じゃないから、
すきま風がすうすうするし、贅肉が揺れて鬱陶しい。
心の中も同様に、女心と秋の空。


この週をどう乗り切るか、目星が付いている週明けは、
やけのやんぱちになることもなく、かといって、
しゃかりきに頑張ることもなく、小人閑居しての心境。
忙しいこと、実りのあることは、待っていても来ない。
そんなことをぼんやり考える週の初め。

無能の人・日の戯れ (新潮文庫)

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井上ひさしの読書眼鏡

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