Festina Lente2

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北杜夫逝く

今日はショックなことが二つあった。
一つは朝刊を開けた途端に飛びこんできた訃報記事、
北杜夫が84才でこの世を去ったことだ。
ご多分に漏れず、斎藤茂吉の息子。
兄貴の名エッセィストモタさんこと、斉藤茂太の弟。
躁鬱病で書けない時期もあったが、概ねユーモアを失わず、
「ドクトルまんぼう」シリーズで有名。
昔は私もファンの一人だった。最近は当然、ご無沙汰だったが。
そう、大学生の頃からしばらくの間、どれほどこのシリーズを読んだだろう。


どくとるマンボウ青春記 (新潮文庫)

どくとるマンボウ青春記 (新潮文庫)

どくとるマンボウ航海記 (新潮文庫)

どくとるマンボウ航海記 (新潮文庫)


もう一つショックだったことは、自分の大好きなブロガーの記事に、
飛んでいけなくなったことだ。
(かつて追悼として、http://d.hatena.ne.jp/neimu/20110115を書いた)
おそらく亡くなられ1年以上も経つので、プロバイダーから消去されたのか、
遺族の方からの要望だったのか、それはわからない。
絶大な人気を誇っており、いつ訪れても眺めるだけで精一杯、
romだけで過ごしたブログにそっと立ち寄ることだけが、
許された憩いの時だったのに、今日立ち寄ってみると覗けなくなっていた。
はなはだショック。


こういうブログを立ち上げる人とはどのような人だったのだろうと、
今更ながらに夭折を惜しまれる人物、lapisさんのブログ「カイエ」は、
ようとして行方知れずの闇の中。
あの膨大な資料を駆使した知性の城の如き世界に、
再び相まみえることがないかと思うと、何ともやるせない。
浮き世で話すことは出来ないまでも、その思いの片鱗に触れるだけで、
ほっとため息が出るような、そんな世界に再び触れることが出来ないなんて。


北杜夫は晩年まで精力的に創作していたとはとても言えない状況で、
どちらかというと兄貴のモタさんの本を読む機会が多かった。
人生の重荷を軽く背負えるコツのような、そんなエッセイ。
お茶の世界ではないけれど、『軽いものを重く、重いものを軽く』
そんな言葉を思い出させてくれるような、名エッセイの数々。
決してお上手な文章ではなくても、暖かい、ほっとする、
実用的且つユーモラスなアドバイス溢れる世界。


心をリセットしたいときに読む本 (ぶんか社文庫)

心をリセットしたいときに読む本 (ぶんか社文庫)


同じような、似たような資質を持ちながらも、
どこか控えめに感情的になって、勢いで書いていたような、
そんな風情を感じさせた北杜夫。彼の話に出てくる母親みたいになりたい。
若い頃、良くそんなふうに思ったものだ。
あの強烈な個性の歌人の父親、結構「飛んでる」かーちゃんだった母親。
彼は彼なりに息子として悩んで過ごしたのだろうとうかがわせる、
自叙伝的な作品の数々。


夜と霧の隅で (新潮文庫)

夜と霧の隅で (新潮文庫)

母の影 (新潮文庫)

母の影 (新潮文庫)


ドラマ化された『楡家の人々』の世界にかなり影響を受けた私。
ただ、仕事に関係ない本を読むことが少なくなっていった就職後、
北杜夫はどんどん私から遠ざかって、過去の人になっていたことは確か。
気がつけば、どこに本をしまったのか。
10代から30代までに読んだ本の殆どは、蜜柑箱入りしてしまい、
いつ日の目を見ることがあるのか、お蔵入り。
古本屋に売ることもせず、とってはあるのだが・・・。

楡家の人びと (上巻) (新潮文庫)

楡家の人びと (上巻) (新潮文庫)

楡家の人びと (下巻) (新潮文庫)

楡家の人びと (下巻) (新潮文庫)


自分の青春時代、影響を与えた人々の著作は古びることなく、
読む度に新しい発見を感じる。
年を取ると言うことは、自分の経験値と重ね合わせて、
作品の持つ異なる側面を見ることが出来る。
そういう楽しさがやっとわかるようになってきたというのに、
時間も体力も気力もままならない。もとい老眼には文庫本は鬼門。


幽霊―或る幼年と青春の物語 (新潮文庫)

幽霊―或る幼年と青春の物語 (新潮文庫)


長生きした作家は、自分の作品を読み返すことがあるのだろうか。
もはや様々な有名人よりも長生きしたなという実感がある私。
人生五十年を過ぎて、親と同世代の人だと思うと、
しばらく読んでいない作家でも、心に重い訃報であるのが不思議。


木精―或る青年期と追想の物語 (新潮文庫)

木精―或る青年期と追想の物語 (新潮文庫)


向田邦子の訃報の時もショックだったが、当時は学生だった。
今では彼女の晩年を超えて、長らえている。
人生50年を過ぎて生きている。
自分に影響を与えた人は、当然ながら先に逝ってしまうのだろうと、
わかってはいてもいつまでもいて欲しいのは親同然で・・・。
天寿を全うされたのだろうとは思うものの、心寂しく。


孫ニモ負ケズ (新潮文庫)

孫ニモ負ケズ (新潮文庫)


そんな北杜夫氏の訃報に、少しほっとしたりもする。
がっかりと同時にほっとしている自分。
おかしなことだが、若くして亡くなってしまったのではない、
いきなりぷつんと最盛期に消えてしまったのではない、
そのことにほっとしている。
今日は、ブログ「カイエ」に行けなくなってしまった日だったので。
絢爛豪華な知の殿堂のような、あの素晴らしいブログに。


なので、どこの誰だったかわからずに消えていってしまった、
素晴らしいブログの著者の足跡もわからずに残された寂しさが、
心に突き刺さった今日だったので、
北杜夫の本がまだ読める状況だとおもうと、妙にほっとしたりする。
紙ベースで出版されたものが、手に入る現状であることに。

消えさりゆく物語

消えさりゆく物語

マンボウ遺言状 (新潮文庫)

マンボウ遺言状 (新潮文庫)