Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

確定申告始まる

今日から確定申告の受付が始まる。
それにしても、申請するのは通院入院に関するものばかりで、気が滅入る。
気が滅入るついでに、手間暇の割にはそれほど帰って来ない。
この金額なら、外食を辞めれば済むことじゃないか、
そんなふうに思ってしまうので、気合いが入らない。
副収入があるわけでもない。
買いもしない宝籤が当たるはずもない。
節約節約と血道を上げるのならば、旅行も出来ない。
娘の習い事も、自分の勉強も、何もかも、
「身銭を切る」といえば聞こえはいいが、結局は自己満足。


確定申告。本来ならば、返して貰うべきものを返して貰うべく、
毎年真面目にこつこつと書類を作るべきなのに、
仕事の書類は作っても、確定申告の書類をここ数年作っていない。
この役職に就いてから作っていない。
作る気力も、根気も失ってしまった。
切羽詰まっていないから、か。


確かに、この1年近く自分の医療費は減ってきたとは言えるが、
(定期的に通っているのは、「知覚過敏」の歯科メンテナンスだが)
本来ならば紹介状を持って治療すべきことも、
静養すべきことも、自己管理すべきことも放り出している、
そんな自分がわかっていて、個人的なことに関する書類を、
全てほったらかしにしているのかも知れない。


自分自身のメンテナンスも、書類上のメンテナンスも、
何もかも面倒な、何もかも無駄な、そんなやりきれなさに埋もれていく。
何しろ、治ることのない病や慢性病のケアなどは、
ふてぶてしい分身との切っても切れない付き合いばかりを思い出させる。
家族の、家人の、自分のそういう医療とのお付き合いに、
少々うんざりしている。


忘れようと思っていても思い出させる書類上のあれこれは、
現実を別の形で認識させる。
その面倒臭い手続きの向こうには、経済的に軽微な見返しだけで、
現状維持以上に何かが良くなる見通しがないだけに、
諦念、諦観のあらましが数字になって並んでいると思うと、
仕事の延長線上にあるのが、徒労としか思えない時間と引き替えに、
壊れたり傷んだりする部分が、この程度の割引にしかならないのかと思うと、
ため息が出てしまう。


だから、あちらこちらで見かける啓蒙的な『受付期間』表示を見ると、
ため息ばかりが出てしまう。
そう、手続きはいつも見送り。
だって、未来は何も確定していない。
計算した数字の向こうに、何を見出せばいいのかわからない。

面倒くさがりで続かない人のための やり抜く技術

面倒くさがりで続かない人のための やり抜く技術