Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

醍醐の桜

(写真は全て大きくなります)

思い立って花見に行く。
といっても、花の下に敷物、飲食物持参の宴会付き花見ではなく、
単に桜だけを観に、されど有名どころの桜を観に。
きっかけはデジタルTVの本日の行事案内。
あの醍醐の桜、豊太閤の行列が観られるそうな。
桜見物の行列を再現するそうな、へえ、そんな催しが?
というわけで、醍醐寺へ。


    

    

  

 
左手が痛くて何もする気がしないので、気分転換。
娘を伴って、勝手知ったる伏見方面へ出かけ、
初めての路線乗り換え、初めてのバス、
観光地京都に対する予想が甘く、渋滞続きで混み合った道、
バスがやっとこさ付けば、行列見物の人々は既に席確保済み。


    

    

  


予想外に大きな寺、沢山の見物客、見所の枝垂れ桜はもとより、
庭園内の春らしく華やいだ雰囲気が、気持ちをほころばせる。
痛みを忘れさせてくれる。
太閤秀吉の歴史上有名な花見、慶長3年(1598)3月15日の「醍醐の花見」。
旧暦だからこの日程、現在は約一ヶ月遅れ。
昨年は震災で取りやめたそうな。だから2年ぶりの豊太閤観桜行列。


    

    

  


往事を偲んだ行列ではあるが、かつてはどれほど華やかで素晴らしいものであったのか。
寵を競う女人方の装いもあでやかに、権力欲と支配欲を文化的な催しに昇華させ、
彼は彼なりに思う所あっての絢爛豪華な贅沢三昧だったのだろうが、
今の世の凡人が扮する行列は、いっときのお役目ご免の感が哀しく、
桜の花が一興添えていなければ、少々侘びしいかも知れぬとも思われ・・・。


    

    

  


されどせっかく出向いてきたからには、間近で着飾った人々を観たかった。
まあ、ここまで来たことに意味があるか。これはこれで一興。
のほほんと出向いてきたが、ここは世界遺産にもなっている有名な寺、
観光客が多いのは当たり前、桜の季節ならばいや増しの人の波。
桜よりも、人の頭ばかり見てしまうことになりかねない勢い。
何故か僧職にあらせられる方々も険しい立ち居振る舞いで声高に注意しまくり。
ちょっと花見の興が削がれる場面も多々あり・・・。


    

    


それにしてもこの季節ぐらい四時半で締めずに5時まで開ければいいのに、売店
何とも店じまいが慌ただしい。人の波は観光バスに運ばれ吐き出され吸い込まれて、
路線バスで来た私たちは、気が付けばぽつんと取り残されている始末。
それなりにちょっと休憩、甘いものを食べてみたり、お茶を飲んだり、
様々な桜を愛でて過ごした時間はあっという間で・・・。


    

    

  


伽藍の拝観の時間もそれほど取れず、駆け足で回る寺院内。
庭も三宝院も、五重塔も美しいことは美しいが、人に酔って味わいきれぬもどかしさ。
日に照り映える桜よりも娘の若さが眩しい、親ばか。
桜の花重ねて幾星霜、四半世紀以上と思っていれば、
仕事に就いて30年、あっという間の来し方。


    

    

  


赤子だったこの子を抱いて家族3人となり、花見をしたのは徳島だった。
県内をあちらこちら、おくるみに包んで桜を見せて回ったのだが、
よくよく考えてみれば、赤ん坊が覚えているはずもなく、
親の心に乳飲み子のかわいらしさと桜の美しさが、
忘れようにも忘れられぬ、懐かしい想い出となり咲き誇る。


    

    

  


あれは埼玉、草加葛西用水の桜並木。4才の娘と過ごした保育園時代。
松並木の近くのフォトショップで撮ったランドセル姿の記念写真。
小学校入学式の桜、小さな小さな保育園前の公園。
大阪で過ごす春夏秋冬、公園、大学、お城、池の周りの堤の桜、
何処をとっても春は桜が一番の綺麗どころ。
でも、今や中学生になった娘はかーちゃんの目には眩しい。


    

    

  


もっとゆるりと桜を眺めたかったけれど、本日はここで打ち止め。
バスで馴染みの駅まで戻って、ウロウロ。人混みの中、疲れただろうに、
かーちゃんに付き合って晩ご飯を食べようと、文句も言わず歩く歩く。
出向いた鳥せい本店での食事は叶わず、一度も入っていなかったこちらへ・・・。
飲み比べセットと共に、娘とちょっと豪華な晩ご飯。
せめて桜を観た後ですもの、歩き疲れた夜ですもの。
ここから家まで更に2時間、腹ごしらえしておかねば、ね。
親子で醍醐の花見、半日。

    

    

新版 古寺巡礼京都〈6〉醍醐寺

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醍醐寺の歴史と文化財

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