Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

思い出日記

現在1ヶ月から2ヶ月遅れで日記は進行中。
思い出日記だからいいのかもしれないけれど、リアルタイムの迫力は
その日のメモが無い場合、もうどうしようもないなあ・・・。
いや、ボケ対策に思い出を思い出す作業も必要か。
長期記憶短期記憶、日々の生活も押し流される中、
思い出を反芻する作業はどこまで認知症対策になる?


思い出したくないことを忘れるために、
忘れてはならないことを思い出すために、
「ゆっくりいそげ」は、ひたすらスローペースになっている。


始めた頃は書きたいことが沢山あったのかも知れない。
書くのが楽しかったのかも知れない。
書く気力も体力もあったのかも知れない。
今はどうなのだろう? 目的も焦点も絞れず、
思い出も記録も曖昧な感想文。これではイカンだろう?
そんなふうに自問自答している。


でも、今はリアルタイムで書きたくない。
いや、書けないんだね。
そういう自分、怠惰に流されている自分、
書く気力のない自分、あれこれ思い留めておくのに疲れている自分、
書き記すことにウェイトを置いて、目の前のことをないがしろにしがち、
まさに夏炉冬扇の本末転倒を生きている自分に嫌気が差しているのでは?


リアルタイムで生活、リアルタイムであること、
呟きたくなることもあるはずなのに、ツィッタ〜は好きになれない。
熟成する時間や振り返りの無い「思考の垂れ流し」に嫌悪感があるのに、
その素早さ、反応の早さ、切り取りの鮮やかさにも惹かれている。
でも、ケータイを持たないのと同じように、
リアルタイムに追いつくには、今の私はパワー不足。


新しい環境で、自分の立ち位置が分からない。
新しい職場で、自分が何をどうすればいいのか、
ルーティンワークの向こうに何を求めればいいのか、
焦燥感に駆られるばかり。
明日からは7月。

日々の100

日々の100