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ウルヴァリンSAMURAI

22日、20年ぶり再会した『貴婦人と一角獣』展は素晴らしかった。
しかし、夜の映画『ウルバリン・サムライ』の酷さに愕然。
海外で日本は誤解される元、文化を侮辱された感、大。
私達が西欧の歴史やキリスト教精神を学び、その文化を理解し、
鑑賞しようと努めている一方で、西洋社会の蔑視・偏見は変わらないのかと。


思い返してみると、基本、映画は異国情緒、別世界を求める仕掛け。
海外の鑑賞者にとっては、こんなにインターネットが普及し、
リアルタイムで世界中を見る湖ができるにもかかわらず、
相変わらず「不思議の国ニッポン」であったり、
ninja、geisya、sushiの延長線上にしかロマンを感じない、
そういうレベルのものなのだろうかとうんざりした。


出会いがヤクザの葬式だったり、愛の逃避行が鄙びた田舎の一軒家だったり、
力の源泉を求める人間が、鎧兜に身を固めてサイバーロボのようになったり、
この手の作品がせっかくのSFシリーズ作品を、B級レベルに落としてまで
興行成績や目先を変えた演出を狙っているのかと、呆れてしまう。
出演している役者は一体どんな気持ちで演じているのだろう。
本筋から離れたスピンオフ作品だから、諦めてビジネスと割り切っているのか。
それにしても、お金の無駄遣いも甚だしい。


女性運に恵まれないウルバリンの過去だが、
この手の古めかしい日本観、異国情緒まがいの国辱にも似た演出、
どうにかならないだろうか。
ninjaタートルズの様に、徹底した遊びならともかく、
まあ、そのレベル手見ても構わないというならばともかく。


文化の香り高い芸術品、ノーベル賞に至る迄の研究と研鑽の日々、
その合間にあって、見た映画の俗物過ぎる低俗さが、意識をかき回す。
何だかなあの連休明け。
どうしてこんなにも引きずって苛々してしまうのか。
ウルヴァリン、結構好きなキャラクターだっただけに、
こんな風に使って貰いたくなかったというのが本音なのかも。(2016 3/6補足)