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初・奈良女子大学

今回勉強しているのは私ではなくて、娘。
リケジョ養成プロジェクトでも言いましょうか。
西高東低、いや、理高文低といわれる大学入試の昨今、
実際には理系に進学する女子がまだまだ少ない世の中。
理系女子を高校からではなく、中学から育てようという企画。
関西科学塾というものがあると知った去年。
それに乗っかって、実験好きの娘は今年6月から参加。
色んな大学に出向き、色んな企画・講演・実験を経験。
一人っ子ゆえ、かーちゃんとーちゃんからの情報以外から
色々学んで欲しいという思いで、参加して貰っている。


  

  


しかし、「一人で目的地まで出かけろ」も心許ないので、
中学生の保護者としてご当地まで付き添って11月の17日。
生まれて初めて奈良女子大学という場所に出向いた。
むろん国立大学、近鉄奈良駅から歩いてすぐの場所。
とはいえ、神社仏閣博物館に詣でることは再三ある私だが、
ご縁のない大学キャンパスに足を向けるはずもなく・・・、
今回、初・奈良女子大学ということに相成った。


  

  

  

  


地図を見ながら正門前に来てびっくり。
私の大好きなレトロ建築がいきなりお出迎え。
そう、重要文化財になっている校舎と守衛室明治42年以来の面影を残す。
由緒ある建物が女子校のイメージと重なって、紅葉した秋の木の葉舞い散る
えも言われぬ風情をともなって、突然現れたのだった。
(参考に奈良女子大学の90年というHPをどうぞ)


  

  

  

  


目指すは理学部校舎。文系人間の私だが、高校までは密かに理系に憧れていた。
数学・物理がそびえる壁でなかったならば、いや、当時の私にもう少し
夢と根性があったならば、文系にも強いリケジョになっていたはずだが、
高校生のかーちゃんはいわゆるへたれで浪人してまで理系に打ち込む気合いもなく、
文系に「転向」組の青春だったから、理系への夢はほろ苦い。
生物と地学が得意でも、志望学部に進むことは無理だった当時。


  

  

  

  


準備された実験器具、優しそうな先生の丁寧な説明、学生サポート、
いつまでもかーちゃんがしがみついているのも気詰まりだろう。
説明の部分だけ一緒に聞いて、実験そのものはグループで動くから、
お邪魔虫のかーちゃんは短時間、古都奈良散策に出向くことにした。
なので、この後の写真は娘が実験を兼ねて写した記録の一部。


  

  

  

  


色素を吸い上げる過程で花の色が微妙に変わっていく。
色素を混合して自分なりに色を作り、色の変化も楽しんだ模様。
単純に1色や2色というわけではなかったようだ。
後片付けもして、美しく仕上げたカーネーションの花束を包む段になって、
リケジョに興味関心のある中学生達は、花束を新聞紙で包めないことがわかった。
如何に生活の中でそういう動作をしたことがないか、顕著にわかる。
ものを包んだりくくったりまとめたり、生活体験の少ない現代っ子達。
我が娘も然り、たかだか数本の花をくるくると新聞紙で包めない。


  

  

  

  


昭和世代の母としては、庭の草花を切って包んで学校に持っていき、
教室に飾った(飾って貰った)経験もあれば、
家で投げ込み程度の切り花も扱う。
しかし、考えてみれば娘はして貰う、眺めるだけで何一つ
花を切って選んでくるでなし、(私なんぞ子供時代勝手に切って回っていたが)
自分で好みの花瓶に活けるでなし、日常生活に花を飾ることがない。
周りに何かが起こっていても自分に関係無く起こっていることで、
それを自分の手で行おうという気もなく生きている。
生活体験の薄い平成生まれの娘。
親があれこれ気を遣えば使うほど、何も出来なくなっている若い世代。
(TVの予約やダビングなどは目にも止まらぬ速さではあるが)


  


娘なりに頑張ったことを素直に認められず、出来ていない所にばかり目が行く、
駄目駄目かーちゃんではあるが・・・。
白いカーネーションが変化して出来た花束の清楚な色合い。
他の女の子達は、黄色や赤やピンクなど暖色系の色素も使っていたのに。
娘は自分の好みの色合いに仕上げたようだ。
さて、奈良までは遠かったねえ。出も楽しかったかな?
かーちゃんの時代には無かったことを経験して、どうだった?

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