清水眞砂子に会う
友人に誘われて講演会に行った。やはり、これは行かずばなるまい。
あの、『ゲド戦記』の翻訳者、清水眞砂子に会えるのだから。
何しろ『ゲド戦記』は、原作者が時間を置いて発表したため、
翻訳されて読者に届くのも、約30年という年季が入っている。
どんな話が聞けるのだろうと、わくわく。
50人程度のこじんまりした勉強会兼、講演会。
始まる前に、ほのぼのとしたアコーディオンの演奏があった。
お正月の花が見目良く飾られた演台。
本日のテーマ。「希望の側に立って」
淡い柿色と渋めの緑を両端に染めたスカーフを緩やかに肩に掛け、
銀色の大振りなブローチをつけた白髪のショートカットの、
上品で穏やかな婦人が、清水眞砂子だった。
その、しっとりとした微笑みの柔らかな口調の語り主が、
あの峻刻とも言える物語世界の翻訳者だとは、信じられなかった。
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地元静岡の英語の高校教師生活は、楽しかったとのこと。
30代に入ってから『ゲド戦記』に出会い、
これを翻訳する仕事をしなければ後悔すると思って、
教師の仕事を辞めたこと。実際初任給24000円で、9年勤めても10万に
満たなかったから、思い切って辞められたのだろうとは言っていたものの、
実際、離れられない作品との、「運命の出会い」があったからであろう。
誠に羨ましい限りであり、素敵な生き方である。
本論に入るまでに、少々コンディションが悪い理由として
ご自身が挙げられていたのが、新幹線で読んだ『論座』1月号。
読んでいて気が滅入ってしまい、今日は何とか話そうとしているのだという。
講演会は「教師」という立場、職業に立って語られているので、
実は『ゲド戦記』の話は一言も出てこなかった。
しかし、本日の聴衆みんながみんな、いくら有名な作品だからといって
著書を必ず読んでいるとは限らないから、
相手軸で講演するのが妥当であるといえば、ある意味、そうなのだろう。
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ご自身が短大の教授であることから、現場に根ざした憤りや疑問を持って
若者と接しているということが、よく伺える内容だった。
教師として貫かれる姿勢、ポリシー、生徒を見るまなざし、
どれも生き生きと信念を持って生活されてきたことが、聞き取られた。
翻訳者として原作者と魂を近く分け合い、語り合う一方で
価値観の違う現代の若者を相手に、また雇用側である管理職・大学側と
火花を散らしてやり合っておられるご様子が、見て取れた。
話の端々にご夫君のことが出てきて、いいご夫婦なのだなあと感じられた。
仕事を続ける女性にとって、自分の仕事を理解してくれる男性は貴重である。
世の女性、全てがどうかはわからないが、自分の価値というものを、
身体的な、性的な自分というものだけを忖度されるのはもちろん、
家事能力だけで測られるのも、気分の良いものではない。
自分が毎日の生活の中で重きを置いているものに、敬意を示してくれる男性、
そのことについて語るに足る相手を、女性は求めるものだ。
そういう普段の私の気持ちを、重ね合わせるのに心地よい
話しぶりでいらっしゃったので、ちょっと羨ましくなってしまった。
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しかし、あの『ゲド戦記』の4、5巻を読破した30代以上の女性ならば、
20代前半までは信じられた世界も、それ以降は自分の血と汗で獲得するもの、
「幸福」と名づけられ、定義されるものは、実際の現実の生活において、
その当事者の、言うに言われぬ努力と苦労の賜物であるということを、
言葉で表すことが難しい、
重苦しい感覚を伴って感じられるのではないだろうか。
魔法と現実、それは夢が成就することではなく、
魔法が使えない現実と対峙する「生きる力」を持つこと。
「象徴」に至るまでの、幾千幾万もの「瑣末で如何ともし難い生活」の
具体的な日常の果てに、何とかして行き着くこと。
それが、幸福を形作るということを知っているのではないだろうか。
若すぎる時は、一見、その些細に見えることが、
「幸福」の礎であることに気づかない。
語られている清水先生は、その「些細なこと」「瑣末な日常」を
潜り抜けて言葉を捜されて来たのだろうという印象を、ひしひしと受けた。
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質疑応答に関しては、質問に対しメモを取りながら答えておられたが
講演として用意されてきた内容は、著書『幸福に驚く力』と重なるので、
即答しなければならないこの時間の方が、聴いていて楽しかった。
『ゲド戦記』の中に表現されている、
フェミニズムに関する記述をどのように扱うか。
一語たりとも揺るぎない言葉を見つけるための、翻訳の苦労、
児童文学への思い入れ、教師・教員としての姿勢等など、
もっともっと話したい事柄が、
後から後から溢れ出てくるような感じで話されていた。
こちらも、時間が許せばいつまでもお聞きしていたかった。
講演の最後に『幸福に驚く力』にサインを頂いた。
帰り道も思いがけず途中までご一緒させて頂いて、(地下鉄の中の立ち話)
本当に楽しい贅沢な時間を過ごすことができた。
先日このFestina Lente(ゆっくりいそげ)で取り上げた私の大好きな作家、
フィリッパ・ピアス(フィリパ・ピアス)と
ローズマリ・サトクリフを話題にした時、
清水先生はおっしゃった。
イギリスでローズマリ・サトクリフの追悼ミサがあった時に、
誘ってくれたのがフィリッパ・ピアスだったそうだ。
そしてお二人で参列されたとのこと。
貴重なお話を伺うことができた。
本当に、駅で先生とお別れするのが惜しかった。
別れ際も、笑顔の美しい先生だった。
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