Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

隠し剣 鬼の爪

溜まっていた疲れのせいか、毎夜の勉強がはかどらない。
娘と2人、耳鼻科から帰ってきたら夜の8時半。
おまけに飲酒検問、医者帰りに誰が酒飲んでるんだよ!
全くもう・・・の、金曜日の夜。


ボーっとテレビを眺める。偶然、今日は「隠し剣 鬼の爪」。
何故かあれほど有名なのに、「たそがれ清兵衛」「蝉しぐれ
「武士の一分」等を観ていて、これだけは見ていなかった、私。
これ幸いと、炬燵猫でテレビの夜。


私は藤沢周平世代ではないが、まあ多少なりとも作品は読んでいる。
個人的に気に入っているのは、やはり「三屋清左衛門残日録」
NHKで見たのが気に入って読んでみたら、TVドラマ以上に嵌った。
当時私は仕事にどっぷりで、嫁に行くなんてとんでもない、
こちらが嫁を欲しいくらいの生活。
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病になれば看病、季節季節のお菜を盛ったお膳、
打ち水のある庭、飲み屋のはたはた田楽、
訳もなく目の前に広がって消えない、田園風景。
(これは両親の田舎、宮城での記憶の成せる業)
そういうものに憧れていた。
一線から退きつつも、まだ余力を残し、色気もあり、
味わいのある枯淡、人を暖かく見る眼力、
危機に耐える胆力、そういうものに憧れていた。


当時転勤後、二つ目の職場。今迄で一番恵まれた職場環境、
と言えど、それなりに忙しく孤独で、ストレスの溜まる日々。
厄年以降の人生の危機、ターニングポイント、
そういう時期だからこそ、一時嵌った世界。
自分流に解釈し、思い描いた世界。
少し「オヤジ」が入っていたのを否めない、世界。


仕事を離れて隠居、しかし、いつの間にか人が
お知恵拝借、お力拝借で集まってくる。
食事も水も素朴で、米粒一粒一粒に光が差しているような、
歯ごたえの良い香の物を噛み切るような、
つましく満ち足りた生活、
そういうものを自分が作り出す「すべ」を持たないが故に
自分が思い描く「仕事をしていない自分の生活」妄想に、
溺れていた時期があった。

蝉しぐれ (文春文庫)

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たそがれ清兵衛 (新潮文庫)

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1度嵌ると妄想は果てしなく、自分の持っている、
或いは創り上げたイメージを壊したくない、
そんな思いが強くなってしまう。
そんな思いが、かえって映画館から足を遠ざける結果に。
元々が原作主義なので、安易な映像化は苦手だったのだ。


なのに、嵌ってしまう。見入ってしまう、定番に。
映画の中の世界が、古き良き日本の伝統である以前に、
若かりし頃の自分の妄想渦巻く、郷愁的世界。
女性性を切り捨てて仕事に埋没し、その反動を勉強に向け、
社会人院生に至るまでの、自分を・・・。
理不尽な仕事に疲れ、孤独に苛まれ、優しさに飢え、
おもひでぽろぽろ」のような出会いに憧れつつも、諦め
やけになっていた自分を・・・。

おもひでぽろぽろ [DVD]

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投影とは厄介なものだ。
あっという間に忘れていたものが蘇り、
無防備な自分に、意識していないその隙に、
手を変え品を変え迫ってくる。
投影とは誠に厄介なものだ。
見えてもいいものもあれば、見たくないものもある。
その区別無く、現れ、立ち上り自分の内部をかき乱す。


そういう意味ではこの映画は、まさに「隠し剣 鬼の爪
仕事に、恋に、家庭に、旨く立ち回れない自分自身を
一瞬で消してしまいたい衝動、自分の過去を
一瞬で拭い去りたい衝動、自分の全てを。
そう、他人と戦う剣ではない、隠し剣。
小さく見えて致命的な、鬼の爪。


思わず見入ってしまった。
朴訥な侍、永瀬正敏に、かわいい下働き、松たか子に、
厭らしい家老、緒方拳に、挫折した侍、小澤征悦に、
愚かな妻、高島礼子に、何もかも人も景色も
かつての憧れ、かつての妄想、かつての生活、かつての自分、
至る所に投影の材料を見出す。


作品を味わう前に、少々疲れている自分を
「空っぽ」にする必要がある。うん・・・。
思わず見入ってしまってから、ちょっと落ち込む私。
秘剣は、伝えられる資格のあるものに。
投影は、もう少し元気な時に。
過去からの亡霊を呼び出さない程度に。


という訳で、美味しいお酒が飲みたいです。
心に引っかき傷、鬼の爪、困ったなあ・・・。

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