Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

「蜘蛛の紋様Ⅰ」が始まった

今宵私は一介の読者。20年以上も細々と連載を続けている名作、
PALM(パーム)シリーズの30巻目を入手。
嬉しくも微妙な心境。とうとう始まった連載。
主人公を取り巻く人物が、死に絡め取られていく。
さて、その肝心の主人公に至るまでの一族の長い歴史を背景に、
物語は蜘蛛が織り成す綾の如く展開する。


この記念すべきシリーズ30冊目は、小説のように長い前置きがある。
「両親と祖先に」という主人公の妹である作家が書いた体裁で、
作品は描ききれなかった部分が細々と書き込まれている。
そのリアルさは大河小説並なので、これを絵に起こしたら、
更に30冊書かねばならないだろうと思われる内容だ。


「蜘蛛の紋様(Art of Spider)」と題されたシリーズの第1巻、
作者の選んだ言葉が「オペラ座の怪人
The point of no returm から抜粋されている。

戻れない橋を渡った。
後はそれが燃え落ちるのを見るだけ。

The bridge is crossed,so stand and watch it burn


実に印象的な言葉。
さて、パームのシリーズは長い間連載されているので、
途中から読むとわからない部分が沢山ある。
大人買いしようにも、手に入りにくいかもしれない。
作者のHPを覗いたとしても、その魅力・概要は伝えきれない。
登場人物の人間関係も複雑なので、一言では説明し切れない。
しかし、とても魅力的で風変わりな迫力のある主人公達に、
きっと心惹かれるだろう事は請け合い。
お勧めです。読む価値はある。お時間のある方はどうぞ。

パーム (30) 蜘蛛の紋様 (1) (ウィングス・コミックス)

パーム (30) 蜘蛛の紋様 (1) (ウィングス・コミックス)

The world 2 (キャラコミックス)

The world 2 (キャラコミックス)


自分の人生を支えている読書というものがある。
高尚で、哲学的で、形而上学的なものや純文学はさておき、
就職後、読み始めた漫画川原泉伸たまき(現在は獣木野生)は、
思春期の萩尾望都竹宮恵子木原敏江と同じくらい、
私に影響を与えた作家、漫画家である。


物語の中の人物は架空の人物でしかないのに、
かくも鮮やかに心の中で生き続ける。
物語の中で死してなお、生きることに勇気や夢を与えてくれる。
運命というものを紡ぎ出すことに、生き急ぐかのように。
現実的に就職して仕事をしている中で、
パームの連載はどんどん進行して行った。
過去へ過去へと遡りつつ、再び現在に帰ってくるオムニバス。
その時間の揺り返しの中で、私は私の人生を紡いできた。


どうしてこの作品が好きか。
川原泉の短編から、ほのぼのとした癒しや人の善意を感じて、
しみじみと胸が熱くなり、生きることに前向きになるのと同様に、
伸たまきこと獣木野生のこのライフワークからは、
どんなに悲惨な運命であったとしても、
それを受け入れることでしか生きていけない、
またそうやって生きていくことが、必然であるという人生を
まるで共に生きているかのように感じさせてくれるから。

パーム (27) 午前の光 (1) (ウィングス・コミックス)

パーム (27) 午前の光 (1) (ウィングス・コミックス)

ある意味硬派、奇妙奇天烈な硬派の作品。
存在するはずの無い「家族的神話」や「神話的時間」に
身を寄せるように物語の中に引きずり込まれる。
非現実的なリアリティ。この物語に4半世紀付き合っている。
読み方ももちろん変わった。私も年を取った。
結婚もした。子どもも生んだ。


幸せかと問われると、微妙。
運命は、期待を裏切る。その中に日常生活がある。
呻吟する時間、その刹那、パームの中での擬似体験が
自分を支えてきたと言ったら、言いすぎだろうか。


主人公、日系人カーターの悲惨な幼少時代。
図らずも、日系人であることが
戦時中どれほど母親の心の負担になっていたか。
トラウマはどのようにして、親子を蝕んでいったか。
運命は、どれほど悲惨な物語を綴れ織りにしたか。
人々が出会ったのは、一体何のためだったのか。


おそらく人は若い時以上に、「寄る年波」の彼方から打ち寄せる
「祖先の声」「一族の物語」に敏感になるのかもしれない。
優れた作家は、若い頃からそのライフワークを始める。
もしくは未完成かと思われる形で書き上げてしまう。
味わいつくせないもったいなさでもって、惜しげもなく。
もしくは、息の長い創作活動の中で点描画を描くように。


手塚治虫の「火の鳥」「ブッダ
萩尾望都の「ポーの一族」「バルバラ異界
竹宮恵子「地球(テラ)へ」「変奏曲」 
木原敏江「夢の碑シリーズ」「麻利と新吾シリーズ」
どの作品も「生と死」「青春」をテーマに、物語を展開している。
生まれて、生きて、伝えて、死んで、失われること。
命が受け継がれていくものなのだと、人はいつ実感するのだろう。

百億の昼と千億の夜 (秋田文庫)

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天まであがれ! (1) (秋田文庫)

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自分自身の存在が、死に抗いつつも呑み込まれていくこと。
意識しようとすまいと、慢性の病に侵された穏やかな寛解期間。
それが実際の人生の側面なのだと、人はいつ知るのだろう。
一族の背景を語ることのない母との日々。家人。
今の所まだまだ十分静かに過ぎていく毎日。
なるべく何も考えないで過ごそうとしている日常生活に、
小さな石が投げ込まれるように、にわか雨が降るように、
私に周囲を見回すきっかけがやって来る。


読書とはそのような体験の、一部だ。
劇的では無い人生の、劇的である部分を意識せずに生活している。
ふと、眺めてみると、
戻れない橋を渡った。
後はそれが燃え落ちるのを見るだけ。

確かに、この言葉が実感できる。
物語を読みつつ、自分もまた自分自身の物語の中にいることを
ささやかながら実感できる。
そんな今日。

荒野のおおかみ (新潮文庫)

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ガラス玉演戯 (Fukkan.com)

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