Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

自分で紡ぐ『蜘蛛の紋様』

PALM―Art of Spider』(パーム:蜘蛛の紋様 vol.2)を読む。
パーム・シリーズも31巻目。しかし、30巻目の衝撃に比べると、
もはやファンである読者が知っている内容が多いので、
インパクトは少ない。それが哀しいと思うのは贅沢なのか。
ただ、表紙は印象的。子供の頃のマイケル・ネガットの利発な顔。
いや、ジェームズ・ブライアンを名乗る羽目になった頃の肖像、
と言うべきか。


主人公カーターは色んな意味で、
それはもう、傷つき過ぎるくらい傷ついていて、
傷心の余り訳のわからない不純異性交遊をしているが、
その行動パターンが、心理学的に見て切ない。
心の中の埋め切れない空白は、衝動的な行動では埋まらないし、
記憶にも残らないし、思い出にもならない。
裏表紙に「愛を知らずに育った子供」と書かれているように。


次々に失われる肉親・知人との絆、満たされない心、
医学生になったカーターの目の前に現れる解剖用の屍体が、
初恋の女性の変わり果てた姿だとは。
その献体を前に、メスを執り、カーターは呟く。
「本当だ、人間はわからない。世間は狭いね。
 また会えてうれしいよ」


そして、マイケルは実母にも等しい育ての親を失う。
子供時代の生活の質で言えば、神を信じる敬虔な乳母に
ひたむきな愛情に育まれた分、
カーターよりは恵まれていたのかもしれないが、
目の前で殺されるのを見なければならない分、
苛酷な子供時代だとも言える。
「犠牲愛に育まれた子供」と括られてしまうには、余りにも。

パーム (31) 蜘蛛の紋様 (2) (ウィングス・コミックス)

パーム (31) 蜘蛛の紋様 (2) (ウィングス・コミックス)


「家族そろって御飯を食べられる人間ばかりじゃないんだよ。
 いつかひとりになったら そのことがわかるかもしれないけれど
 失ってから大切さに気付くなんて 悲しいことだよ」
こんな風に7歳の子供に諭して優しく抱きしめてくれる、
かけがえの無い存在が、無残に奪われる伏線となる場面が続く。
自分の命を救う為に、引き換えに神に召されることを
乳母が祈る姿を目の当たりにするマイケル。


愛する人が死にかけたら 自分が死んでも
 相手を守りたいと思うのさ」
謎に包まれた出生、マフィアの権力争いの渦中にあって、
類稀な知能・才能に恵まれたマイケルを、
ごくごく普通の子供として自然な愛情で育んだ存在。


今の時代において、失われてしまった感がある無償の愛。
ひたむきな献身、慈しみの心。姿無き存在への信仰。
後年ジェームス・ブライアンとして恐れれるマイケルが、
廃墟同然のカーターの屋敷に来た時、
誰にでも優しく、年齢性別を問わず人を受け入れ、
食事当番をこなし、くまなく掃除をし、庭に手を入れ、
家族の団欒の場を築き上げた背景が、ここにある。


当たり前の家庭の優しさ、潤いを知らずに育ち、
家族以上に触れ合った人々とも別れる羽目になり、
日常生活の中で不安に苛まれ生きているカーター。
何気ない日常会話の後で、永遠の別れが来るのではという不安。
そしてそれが現実になる生活。不安というよりも予感。
「自分の周りにいるすべての人間と 
    いつか必ず別れる事になっている」


これは誰でも避ける事が出来ないことだけれど、
毎日これを念頭に生きなければならない生活は、・・・辛い。
愛されたい存在から拒否され続けて生きてきた分、
たまさか与えられた愛情がもぎ取られるように無くなれば、
刹那的にも虚無的にもなってしまうだろうが、
主人公のそういう成長過程を、30巻目から続けて読むのは辛い。


対照的にマイケルの子供時代が、
ほんのりした愛情溢れる切なくも暖かいエピソードな分、
陰惨さを増してくる後半が不気味だ。
絡んだ糸が複雑に絡んだ分、ほぐされることを望まない
運命の不可思議さを織り為す分、「蜘蛛の紋様」は
謎解きを楽しむというよりも、
登場人物たちの「運命に寄り添う」読者でなければ、
身が持たないなあといった感がある。


伸たまき改め獣木野生のライフワークは、
傷つき再生する魂の物語なだけに、
読者は自分の心を見つめて、照らし合わせて、
主人公達と同じように自分の紋様を織り為すことを要求される。
自分で糸を紡ぐことから、始めなければならない。
もっとも、パームの読者はその過程を知って、
このリアルタイムな4半世紀を振り返りつつ、読み続けているのだろうが。


『蜘蛛の紋様』がある意味、長く続いて欲しいと
すぐに終わって欲しくないと思いながら・・・。
自分が年を取っていることに愕然としつつ。
私は、私自身はどこまで織り続けて行く力が残っているだろう。
自分で糸を紡ぎながら。

パーム (30) 蜘蛛の紋様 (1) (ウィングス・コミックス)

パーム (30) 蜘蛛の紋様 (1) (ウィングス・コミックス)